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昭和30年ニュース映画 《終戦十年》
 ※ 昨日からヒストリーチャンネルで【昭和という時代:露木茂のニュース映画で見る昭和】という特集番組が全8回で始まった。ニュース映画とは、映画全盛期(昭和30年~50年代)に映画館で作品の合間に流された短編映画ニュースのこと。筆者にも見覚えがあります。

 昨夜放送の第1回の中で「終戦10年」というタイトルそのままに、戦後10年を振り返る内容のものが流されました。見ていてぜひご紹介したくなり、早速ナレーション部分をテキスト化いたしました。

 聞き取れなかった部分は「○○」で記しました。()内は筆者の説明。映像にかぶせたナレーションですので、映像の変化を想像しながらお読み下さいね。(段落を変えています)





 《終戦十年》

 終戦10周年の8月15日、東京の靖国神社では戦いに斃れた幾多の霊を弔う遺族の姿が見られました。

 仮出所の元海軍大臣島田繁太郎氏(A級戦犯で起訴され終身刑。55年釈放)は、明治神宮で感慨深げな面持ち。(ひざまずき礼拝)

 思えば多難な10年の歴史でした。終戦、そして一望焼け野原となった日本へ、着の身着のままの人々がすし詰めの引揚げ列車で帰って来ました。全てを失った引揚者たちの空ろな目に映るものは、全てを失った祖国の姿でした。

 疎開地に別れを告げる子供たち。

 「・・・・この懐かしい○○の山や川、皆さまの温かいお心は、いつまでも忘れることはできません。僕たちは次の日本を建設するために、○○○・・・・やり抜く覚悟です。では、さようなら」(坊主頭の小学生男子)

 しかし、懐かしい学校は跡形もなく、青空教室で民主主義の第一科を学ばなければなりませんでした。

 あてもなく焼け跡にひしめく人の群れ。ボロボロの列車に鈴なりの乗客。新しく出発した敗戦日本の姿でした。

 取締りの網にかかった闇米列車。すべての人々が味わった、みじめな飢えとの闘いでした。

 いたるところに生まれた露天の闇市。こうして天井知らずの悪性インフレが襲ってきました。

 都会の冷たい地下道では、毎日のように浮浪者が飢えと寒さに死んでいった。暗いあの頃の世相でした。

 (場面は昭和30年へ)

 そして10年、日本は見違えるように復興しました。明るい街角には、スタイルブックから抜け出たような若い人たちが、足取りも軽く行きかっています。豊かになった消費生活を物語るショーウィンドウ、きらびやかな装いは目を奪うばかりです。

 とみに人気を集めてきたテレビジョン。テレビアンテナが、バラックの屋根の上にもめっきり増えてきました。

 かつての焼け跡は、もはや偲ぶ由もありません。

 一方、各地に巨大なダムの建設が進み、総合開発のかけ声もしきりと聞かれるようになりました。

 しかし、水害は毎年のように各地を襲い、計画的な国土建設の立ち遅れを嘆かせています。

 インフレからデフレへ、日本経済の苦しい歩みは、九州・北海道の観光を不況のどん底に陥れました。この痛ましい貧乏物語が書き換えられるのはいつのことでしょうか。

 こうした中で、自衛隊は18万名を目指して増員に乗り出し、すでにかつての日本軍に劣らぬ実力を持とうとしています。

 ここ東京都下、横田のアメリカ軍基地では、8月13日から滑走路拡張のための測量が行われています。平和共存に向かう世界情勢の中で進められる基地拡張。日本の自衛問題を自主的に解決する道は、戦後10年の今日、まだ開かれてはいないようです。

 戦後10年を迎えて、『終戦の証書』に再び頭をたれる人々が見られます。

 また同じとき、鎌倉海岸には、二つの世界の様々な国から集まった人々を迎えて、平和祭が行われました。民族を超えた和やかな交歓の内に、同じ世界平和への願いがひとつに解け合いました。

 見渡す限り美しく揺れる稲穂の波が、戦後最高の豊かな実りを約束しています。しかし、貧しくとも戦後10年の歴史の収穫こそ、真に明日への糧となるものと言えましょう。






 ※ 「靖国神社」に始まり「稲穂」で締めくくられるなど、この時代はまだまだ日本を失っていないと思いました。防衛問題については「自衛問題」と表現した上でいかにも遠慮がちですが、その後50年を過ぎてもなお解決しないことを想像できたでしょうか。

 青空教室の部分、「民主主義を学ぶ」とありますが、日本は戦後になって初めてアメリカから「民主主義」を与えられたと思わせられていたのですね。大正デモクラシーを忘れたか!

 平和祭の部分、「二つの世界」とありますが、これは東西(左右)のことでしょうか。ソ連との国交を翌年に控えていますが、中国とはずっと先(昭和47年)のことです。映像からは、そのあたりの国籍まではわからず。

 この特集は、昭和30年以降のものですが、それ以前のものもぜひ見てみたいものです。それこそ百聞は一見にしかず。

 哀しいかな、ただでさえ、十数年前から徐々に公開された各国公式文書によって、近現代史を書き換える必要に迫られているというのに、日本の中では、一部教育界を含めて未だに頑なに事実に反する歴史に固執するおかしな現実がありますね。

 これら遺された貴重な史料映像の数々を、衛星放送だけではなく地上波の局が、小細工・偏向なしに素直に放送される日はいつになることやら。下らない番組ばっかり流さないでさ。


 
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【2007/11/06 09:49】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(0) | コメント(0)
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日本の近現代史の中から、主に感動エピソードを拾い集めてみたい。ゆっくりゆっくりですが。個人的には備忘録(メモ)のつもりです。

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Author:娑婆妥場
この道を、どんな日本人が歩いていたんだろうと、ついつい想いを巡らせてしまう今日この頃です。
いろんな感動エピソードに出会ったけれど、記憶力が悪く片っ端から薄れてしまうので、思い切ってブログに挑戦することにしましたとさ。

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