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美しい日本語を話す会ではない、守る会だ
 ※ テレビでは「小沢党首が辞意表明」と騒いでいる。安倍前総理の辞意表明の時は天地がひっくり返る思いをしたが今回は何とも思わない。福田政権が誕生して以来、日本は何が起きても不思議ではない状況となっているからだ。

 安倍前総理は一国の「主権」を意識して舵取りをしていた。しかし福田総理にそんな意識は無い。目先に吊り下げられた「毒ニンジン」にホイホイ食いつく餓鬼畜生の類だからだ。それは小沢党首もしかり。

 スキを見せて日本に他国の謀略を蔓延らせた張本人たちが、いい気になっているところに毒が回ってきただけのこと。日本の主権などどうでもいいのだ。毒が回るまでにたらふく私腹を肥やせれば「勝ち組」だとでも思っているのでしょう。ご本人は毒が明るみに出る前に下野したいのですかね。

 しかし、こんな風に他国の謀略で政界が混乱するのは御免だ。一刻も早く消えて欲しかった小沢さんですが、謀略で消されることには憤慨する。少しでも大和民族の欠片が残っているのなら、一蓮托生、福田さん一派も道連れにしていただきたい。そして政界再編のカチンコ鳴らしましょうよ。もはや自民党の崩壊なくして「戦後体制からの脱却」は成し得ないのだから。

 ちょこっと触れるだけのつもりがずいぶん回り道してしまいました。日本の主権を確かなものにし、日本再生を果すべき政治家の頂点に立つ両党首が、ままごと政治に始終し国を危うくしているので本当は一大事なのですね。



 さて今回は下に引用の記事に注目したかったのです。産経新聞の「台湾有情」シリーズは毎回感動させてくれます。そしていつも申し訳なく思ってしまう。しかし、もうのんびりと申し訳なく思っている場合じゃない。

 先の大戦で敗戦したことで日本ではなくなった台湾に、「日本語世代」と呼ばれる日本を懐かしんでくれる人たちがおられます。日本が急激に日本らしさを失う一方で、台湾の「元日本人」の方々は日本らしさを残し守ろうとして下さってきた。

 そのひとつ、象徴とも言うべき「美しい日本語」が、当の日本では急激に壊れてきている。それは、若者が造語・アレンジするからだけではない。

 その原因を思いつくままに列記してみると、常用漢字を故意に減らしたこと、漢字教育での量を減らしたこと、国語教育の質・量、共に減らしたこと、書き順を不問にしてしまったこと、書道教育を怠る学校が増えたこと、古文教育を減らしたことなどが挙げられる。

 また、学校教育の中で先生と生徒の垣根が取り払われ、まるで友だち関係のような会話を許しているようだ。教壇を無くした平坦な教室で敬語も使われないとなると、「先生の立場」を放棄したも同然で学級崩壊を誘うようなものである。

 学校の外はというと、新聞やテレビのテロップを見て漢字が少なくなったことに気付く人は多いと思う。やたらとテロップが多いのも気になる。アナウンサーと呼ばれる方々の砕けすぎた言葉遣いも大いに気になります。あの大新聞と呼ばれる社説の意味不明な「作文」のような珍文にも失笑してしまう。

 そして、無用に外来語っぽいカタカナ語が多いことも気になります。そのカタカナ語にカッコ付きで日本語の説明を加えるくらいなら、カタカナ語は必要ないと思うのですが・・。

 まだまだ思いつくことが頭に浮んでいるのですが、馬鹿馬鹿しくなってきたのでこのぐらいにしますが。要するに日本語の崩壊はすでに笑い事ではない域にあると思うのです。

 「男らしさ」「女らしさ」「子供らしさ」も曖昧になり、昔「男言葉」として女性には使われることがなかった言葉が女性や子供の間で氾濫し、たった今もテレビで某有名アナウンサーが「・・・じゃねえか」だなんて・・。脱力してしまいます。

 そういう筆者も、つい「壊れ言葉」を使ってしまうことしばしばで・・。

 「美しい日本語を話す会ではない、守る会だ」と一喝

 のくだりを読んで、恥ずかしくなりました。日本語には「言霊」があると言われていますし、筆者もそう感じています。「美しい日本語」を、せめて挨拶言葉をまず大事にしたい。

 「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」「ありがとうございます」等々、これだけでも気持ちの良い会話が始められる。

 昔は知らない人同士でも、挨拶だけは常識でした。挨拶するだけで気持ちが良くなるものです。

 「こんにちは」
 「いい天気ですね」

 「さようなら」
 「お元気で」

 「美しい日本語」の定番、この挨拶からまず始めましょう。

 



■ 【外信コラム】台湾有情 「日本語世代」 2007.11.5 02:27
http://sankei.jp.msn.com/world/china/071105/chn0711050227000-n1.htm
 
「待ちわびた歌会の日のうれしさは遠足に行くわらべの如し」。日本統治時代を生きた「日本語世代」は積年の思いを日本語に託すことがある。紹介した一首は、短歌を愛する台湾の人々が集う「台湾歌壇」の会員が、月に一度の歌会に寄せた思いを詠ったものだ。

 そんな彼らが先月、日本の九州を拠点とする短歌結社「牙」のメンバーと台北市内で交流する機会を持った。「靖国の春の例祭参りたり声高々と歌ふ君が代」。自ら「元日本人」とまで言い切る日本語世代には、靖国神社への深く複雑な思いがある。「台湾にはこういう人が…。日本人として感動した」。牙を主宰する歌人で、この日の短歌を評した石田比呂志氏も驚きを隠せなかった。

 台湾には、川柳や俳句を愛する人々の集いもある。「美しい日本語」を勉強し続ける「友愛グループ」の会合では、「美しい日本語を話す会ではない、守る会だ」と一喝された。日本の文化が、日本人の心が、これほど多くの人に大切にされている所もないだろう。

 その彼らも平均年齢が80歳を超え、活動にも徐々に制約が出てきた。北部の基隆では11月上旬、日本時代の基隆中学の同窓生で作る「堵南会」が会員の高齢化から、10年続いた会報の発刊に終止符を打った。次世代が彼らの思いを引き継ぐとしても、残された時間はあとわずかである。   (長谷川周人)





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【2007/11/05 10:10】 | 【台湾】 | トラックバック(0) | コメント(6)
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コメント
まさしく仰るとおりですね。
友人通しでも聞き捨てならない言葉遣いが多く、日本語の崩壊が急進しています。
名は体を現すといいますが、言葉遣いは人間性を現すといえば大袈裟でしょうか?

私の小学校当時に「青春とはなんだ」というドラマがあり、そのなかではまさしく教師と生徒の垣根は取り払われていた感じです。
ですが、ドラマ自体の内容は常に人間とは何かということを見る側に伝えていて、今の、面白ければいいという視聴率稼ぎに走り、下手糞な演技を見せ付けるものとはまったく違います。

アナウンサーという職業人を、テレビ局自体が売り物にする時代ですから、彼らの言葉が崩れるのもしかるべき事態でしょう。

テレビを含めたマスコミが金儲けだけに走れば、それらに毒されるのは何も知らない無垢な子供たちです。
そんな彼らが次々と大人になり子供を育てていけば、先は見えてしまいます。

教育再生などといってもとどのつまりは、政治家やその担当者たちにいいように利用される道具になるのではないかと心配です。
私のもうひとつのブログで教育に関した拙い記事を投稿していますが、暇なときにでもお目見どおりしていただければと思います。
長々とした駄文で、失礼しました。
【2007/11/06 00:07】 URL | dorunkon #hdScUxTA[ 編集]
私は普段そう女性らしい言葉を話しているわけでもなく、子供たちにも特別に丁寧な言葉を教えているわけではありません。だけど、先日一時帰国したときに、子供が「中高生の喋り方が怖かったね。日本に帰ったら友達ができるか心配。」と言い出しました。女の子が「おまえ」とか「~しろよ。」「~してえ。(したい)」などと話していることにショックを受けたようです。それとかつての同級生が「うざい」「きもい」という言葉を使っていたことも・・・。アナウンサーでさえそんなだと、普通(私たちにとって)の言葉を使っていたら同世代から浮いてしまうのかなぁと、私もちょっと心配になりました。
ああ、台湾の方々の「守る」という言葉の意味がよくわかります。
【2007/11/06 07:35】 URL | milesta #S4B2tY/g[ 編集]
dorunkon様

昨今の言葉遣いは、その語彙の少なさも相まってもはや崩壊の域ですね。おっしゃるとおり、テレビの影響が絶大のように思います。
どちらを向いても金儲け思考で、それが拍車をかけているのでしょうね。毒された世代が親となり、すでにその悪循環も繰り返されており、教育の再生は50年100年かかることを覚悟しないといけないようですね。
【2007/11/06 11:47】 URL | 娑婆妥場(管理人) #3.a9MHK6[ 編集]
milesta様

ああ・・子供さんの恐怖と心配は切実ですね・・。
今や親の世代の言葉遣いがそもそも崩壊しているのですよ。20代の親はもうもう愕然とします。子供の言葉遣いが乱暴になるのも無理はないです。
私が「うざい」などの言葉を初めて投げつけられてショックを受けた記憶・・・これは17~8年前のことです。恐怖感を伴った記憶があります。圧倒的な威圧感がありますので、ついていけず、自然とこちらの言葉遣いも乱暴になったように思います。もちろん友人間だけですが。でもああ嫌だ。あ。
子供たちの会話を聞いていると、語彙がとても少ないのです。ほんの何十かの単語だけで会話しているのです。おのずと表現力も落ちていると思われます。片や、喧嘩言葉が異常に増えている。粗暴な会話が普通になっている。
帰国の際は、学校をよく選ばれたほうが良いかと思います。公立は避けたほうがよいかと。
「・・してえ」などの言葉は、テレビのお笑いタレントなどのマネだと思います。タレントだけではなくアナウンサーまで平気で使っているのですが・・。
でも乱暴な子ばかりじゃないですから、心配しすぎないで下さいね。友達も当然できますよ。逆にいい影響を与えてあげて下さい。お願いします。
【2007/11/06 12:35】 URL | 娑婆妥場(管理人) #3.a9MHK6[ 編集]
最近昔の映画をよく見るようになりました。歌舞伎などにも興味がうつっているところです。
milestaさんのところで紹介された小泉八雲の本も一生懸命読んでいます。
時代が下がるほどに言葉は美しく感情、情緒も美しく感動的になってきます。
古典を大切に振り返り古き良き日本の言葉や情緒を再発見して感動に浸りたいものです。
【2007/11/22 00:46】 URL | さくらこ #n92UzeeQ[ 編集]
さくらこ様

>時代が下るほど
諸外国の人々が日本を尊敬してくれたり好きでいてくれるのも、昔の日本人の印象なんですよね。たった今の日本人を見て誰が尊敬してくれるでしょう!そろそろ日本人へ向けられる視線が変わる分岐点にあるようで気が気でないです・・。日本語が壊れるのは使う日本人が壊れてるから。大人がしっかり認識しないと取り返しがつかなくなる・・。
古典文学もですが、昔の映画を教材に使えないものだろうか。
【2007/11/22 09:58】 URL | 娑婆妥場(管理人) #3.a9MHK6[ 編集]
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日本の近現代史の中から、主に感動エピソードを拾い集めてみたい。ゆっくりゆっくりですが。個人的には備忘録(メモ)のつもりです。

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この道を、どんな日本人が歩いていたんだろうと、ついつい想いを巡らせてしまう今日この頃です。
いろんな感動エピソードに出会ったけれど、記憶力が悪く片っ端から薄れてしまうので、思い切ってブログに挑戦することにしましたとさ。

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