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9.21自民党総裁候補討論会第一部前半(日本記者クラブ主催)
 ※ 本日(21日)午後1時5分より「自民党総裁選 公開討論会」(NHK総合中継)が行われました。二部構成でしたが、筆者の時間の都合で、第一部の前半部分(両候補者による主張)だけになりましたがテキストに起こしました。

 たった今のことでまだ校正しておりません。ここで筆者も時間切れとなりましたので、一応そのままUpしますが、あとで時間が取れましたら校正編集し直したいと思っております。

 誤字脱字、その他読み辛いところがあろうかと思いますが、早い方が良いと考えこのまま取り急ぎ公開します。申し訳ありません。

 【追記22日14:26】

 ※ 残念ながら時間が取れません。VTRを確認することができません。これ以上の編集はできなくなりました。申し訳ありません。決戦の明日も仕事のため後は祈るのみ。近郊の有志勝手連の皆様は本日、新宿での最後の演説(4:00~)の応援よろしくお願い致します。明日の決戦日は、永田町自民党本部周辺へ1:00集合だそうです。よろしくお願い致します!

 






□ 第一部:両候補による主張と討論

☆主張
どういう国づくりを目指すのか、政治をどう変えたいのか、それぞれの基本的な考え方や政策について、制限時間10分で。

● 福田康夫

 今回私はこの自由民主党総裁候補選に立候補致しました。えー、まぁ、私が当初、立候補する、しなければいけないと、という風に固く決めていた訳ではございません。えしかし、・・・以来、色んな方々からお奨めを頂き、また、この危機的な状況にあります我が党の再生と、いうことを果さなければいけない、というそういう強い思いに駆られまして、そしてまた同時に、今非常に問題が多くなってきていると、いう我が国の情勢、これ如何にして解決していくかと、いうことについての責任、政治家としての責任を感じましたて、立候補を決意致しました。

 まお陰さまで、多くの方々にご支援を頂き、今一生懸命私の考え方を訴えてきておるところでございます。まその中で、私はまず申し上げますことは、我が自由民主党、そして政権与党として、この総裁選挙をしなければいけなくなった背景、事情、そのことについてですねぇ、深く思いを致さなければいけないと思っております。

 でそれは、参議院選挙に敗れたと、まいうことでございます。そしてこの、参議院選挙で敗れた現状というのはこれは極めて深刻な状況だと考えております。でその参議院選挙敗北の原因が何にあったのか、そのこともよく考えておかなければいけない、と思っとります。

 えもちろん、色々な問題がございました。不祥事の問題があった。そして年金の問題もございました。そして、えー地方における、格差問題と、いう、そういうテーマもございました。様々なことについて、国民のご不審を買ってしまったと、要するに、日本の政治、我が与党自民党のですね、政治に対する信頼感の欠如、これが現状だと、考えております。その結果が、この総裁選挙だなと、ということであります。

 そしてこの総裁選挙を行うことによって、国会の審議を止めておかなければならないと、まこういう事態も起こしておる。ま色々な意味において、非常に大きな問題そして深い、いーその傷を負った、この問題に対処しなければいけない。そしてこういう事態に至ったことについて私はまずは、国民の皆様、またあのご支援下さる、自民党の、おー支持者の方々にですね深くお詫びを申し上げなければいけない、思っております。

 でそのような、反省に立って、これからの政治を進めると、まぁいうことになりますけれども、私は、今の若い人たちが、とかく閉塞感を持ちがちであると、まぁいうこと、これは即ち、将来に対する、ビジョンを提示すること。将来日本が、どのような国に、いーなるべきなのか、ならざるを得ないのか。そして、そういう方々の、将来が、明るい期待を持てるものかどうか、このことについてですねまずは、希望を持てる国づくりと、まこういう申し上げ方をさして頂いております。

 若い人は希望を持てる国、そういう社会、国づくりを進めて行きたい、と思っております。そして働く人、そしてお年寄りの方々が、安心して生活が出来る、そういう国づくり、社会づくりをしてまいりたい、「希望と安心」と、こういうキャッチフレーズですねぇ私の政治を進めていきたいと思います。

 安心の問題や何も老後のこと、高齢者だけの問題ではないということですね。それは今の高齢者が、安心の出来ない生活に満足できないような日々を送っていて、今の若い人たちがそれを見てどう思うか、自分たちのそういう時代に、いつかはなるんだなーと、いうことをもって、本当に希望を持って今、活力をもって仕事ができるかどうか、ということも考えますと、やはり若い人にとっても、安心は大事であると、しかし今の安心が勝ちうることができるかどうかこれは現実の問題と、極めて大事で、そして今働いている人がですね近い将来、安心できるかどうか、そういうことを・・・我々としては政策課題として、またあの政治課題としてですね考えていかなければいけない、そのように思っております。

 そしてまた、今の時代は、ま地方の問題もございましたけれども、やはり「自立と共生」という考え方がないとやっていけない、これは色々な時代でこの意味合いが違ってくると思います。しかし、今こそ「自立と共生」という言葉がぴったりくる、そういう時代はないんだろうと、今とそして将来、見通してですね、この精神なくして私は社会も国も、そして国際社会も、安定した関係、状況というのは作っていけない、そのように思っておりまして、希望と安心の国づくりを進める、その基本的な考え方は自立共生の概念だと、まこのように思っております。

 やはり、自立心なくしてですね、また自立の努力なくして社会は、また、国は、うまくいかないと思います。しかし同時に、自立だけではだめなんであって、共生できる社会でないといけない、国でなければいけない、また同時に国際社会もですね、共生の概念が必要だと。国際社会で共生といえばですねぇ、資源の問題、環境の問題、これまさに共生でしょう。これを、お互いに協力してやっていかなければですねぇ、環境問題の解決は有り得ないと、私は思っております。

 個人の家庭においては自立は大事です。個々人の自立は大事です。しかし、なんかのときには、共生は家庭の中でいつでもあるわけであります。えそして、若い人は自立、お年寄りは共生社会で家庭の中でお互いに支えあうという関係、しかし、もし家庭の中で支えられないようなお年寄りがいたときにはですねぇ、これは社会が国がそれを支える仕組みを作っていかなければいけない。それがうまく出来上がって初めてですねぇ、共生社会、自立をもとにした共生社会というのが、存在するであろうと、いうように思っております。

 私は今、あの、身近な政策の話はしておりません。しかしそういう政策は、ひとつひとつがですねぇ、今私が申し上げたような概念の上に立って出来てこなければいけない。そのように考えております。私はそういうことにですねぇ、これから全力を挙げて取り組んでまいりたい。いうように思っております。

 この考えは、私は、別に総裁候補になるとかそういうことではなくて、日頃考えていたことです。一政治家として、考えなければいけないこと、まそれをですねぇ、ぜひ実現してみたいと、こういう強い希望、欲求をですねぇ、今、持っております。ぜひ、これは、国民の皆様と協力して成しうることだと思っておりますので、あのご協力よろしくお願いしたいと思っております。以上で私の考え方を申し上げました。

 -- まだ若干時間がございますがよろしいですか?

何分?

 -- あと1分ぐらいございます。

1分、あーいいです。

 -- いいですか?それじゃ、麻生さんよろしくお願い致します。


● 麻生太郎

 あそ・・グフン、麻生太郎です。えーまさかぁ、同じお招きをーこういう短期間に2回も受けるという予定は、私の想像を超えておりました。予定外でしたけれども、本日もどうぞよろしくお願いを申し上げます。

 まず最初に、甚だ突然のこととはいえ、内閣総理大臣の突然の辞意表明によってぇ、こういった形での政治、国会開会中ということでもありますので、その空白期間が(を)招いたと、いうことに関しましては、甚だ短期間でとは思いましたけれども、約11日間の時間を戴くことになったことに関して、お詫びを申し上げたいと存じます。

 私の所信を申し述べたいと存じます。私は「小さくても温かい政府、小さくても強い政府」を作りたいと申し上げております。

 経済は名目成長率にして、少なくとも2%以上、フロー(flow:流れ)の伸びを追求するということを申し上げております。高齢化に伴い、活力ある高齢化社会というものも申し上げております。

 また、中国との付き合い方を訊かれた時には、「日中共益」つまり中国とは「共益」だと、李肇星(リ・チョウセイ)外交部長にも申し上げましたけれども、その通りと思っております。

 地方分権、また、それには地方に「経営感覚」をということも申し上げております。今日は今申し上げた公約について、全然違った角度から説明をさせていただければと存じます。

 あのーまず最初に私が政治信条としておるところは、日本人に対する信頼であります。日本人への信頼。

 有史始まって以来このかた、日本ぐらいではないかと存じます。切れ目の無い伝統を保持しております。ひとつの国家として自主独立の道を永々として歩んできた国家だと存じます。

 危機に臨んで外国勢力に学ぶことはあっても、引き入れるということはしておりません。幕末における危機に際してさえそうでありました。天皇家にあってはその間、男系の皇統をずっと維持しておられる。我が国の歴史には、お陰さまで1本太い大黒柱が通っているわけでもあります。

 これほどまでに今様の言葉で言うと、サステインナベリティー(sustain-ability)という持続可能性というものを、体現してみせた国が他にあるだろうかと。歴史を通じて国柄というものを維持してまいったのが、私どもの国「日本」であります。

 人間、じいーっと同じ一つの姿勢で立つということは、よっぽど鍛えた筋肉を持った人でもそうそう出来るものではありません。日本という国家は、例えて言えばほぼ2000年、それをやってきた国であります。足がよっぽど強い国だと思っております。

 保守すべきは保守し、そして危機に臨んで改革すべきは改革してきた。そのことに我々の先輩たちは、文字通り命を賭けて参りました。私はそう思っております。

 よく中国の台頭で日本は負ける、といった類の議論も出てまいります。私はこの種の話があまり信用できません。中国の台頭という現象を見まして、大歓迎と本心で申し上げます。たぶん日本の外務大臣として公に中国の台頭、発展、成長を「歓迎」という言葉を使った最初だと思います。

 何故なら日本という国は、強い相手が周りに現れて来ると、先方の良い所を吸収し、必ず自分の力で脱皮してきたという国だから。中国とは「共生」というより「共益」つまりお互いに益するという関係にならねばならぬ、また出来る、と信じております。

 なにせ持続性においては優れた国でありますから、国家経営の模範というものを、ハッとするようなものが、実は過去の歴史にもあります。

 例えば、江戸の町。人工100万の都市を統治する、今で言えば「行政」「省」の仕事を、みな担当しておりましたのが、ご存知「大岡越前守」などで御馴染みの「江戸南北町奉行所」であります。

 その奉行所で働いていたお役人は何人くらいだったと思われるでしょうか。わずか300人弱という資料がございますが、100万都市に300人だったんです。それでいて、幕末日本に来た外国人は、江戸の清潔ぶりとか、また老いも若きもニコニコして、機嫌よく暮らしていたところに驚いております。

 たった300人という、まぁ小さな政府としては究極の小さな政府。その小さな政府が、同時に温かい政府でもあったと、いうことです。それはほとんど今なら、区役所でしているような仕事というのは、全部民間人がやっていたからです。その多くはご隠居さんだったといわれております。

 江戸時代というのは、究極の民間活力。ボランティア全盛期でもあります。活力ある高齢化社会でもあったと存じます。この間、総務省の出した資料によりますと、65歳以上の高齢者の方は2744万人。しかし、その内、要介護、いわゆる支援が必要な人は、別の統計によれば16.6%と出ております。したがって残りの83%強という方々は、基本的には元気な高齢者。ここにも大勢来ておられます。

 昨日、67回目の誕生日を迎えた私にとりまして、年に2回もこのしんどい総裁選を闘えると言う体力はあると、いうことでもあるかと存じます。

 私はこういう高齢者という方々を、税金を使う人、タックス・イーター(tax eater)ではなくて、税金を払う、タックス・ペイヤー(tax payer)にしたい。出来るはずだというのが、私の活力ある高齢化社会であります。

 そして、そのモデルというのは、私どもは今一度200年以上に亘ってやったことがあったと、いうことだと存じます。

 今、高齢者の約6割が働く会社というものは、従業員数30人未満、いわゆる零細企業であります。したがって私は、名目成長率で見て2%以上の必要があると申し上げている次第です。高齢者を吸収してくれる零細企業にしっかりしてもらわねばならぬと、その点だけをとりましても成長というのは大事だと思っております。

 また、地方の会社に頑張ってもらわねばなりませんが、その、頑張ってもらう環境作りとか方向付けとか、これは地方の首長さんにやってもらうべきだと存じております。権限と財政面と、そして人材を工面して差し上げる必要があろうと存じます。それについては地域を経営する、それによって地域を経営してやる。

 もう一度、江戸の話をさせていただきますが、江戸の世の中というのは、子供は遊ばせていた、「子ども扱い」しておりました。当たり前じゃないかとお思いでしょうが、同時代の世界にそんな国は二つとしてありません。

 「桃太郎」「一寸法師」また「浦島太郎」等と、子供向けの物語があんなに早くからあったという国は、他の国にはありません。因みに、大人向けの童話ではありますけども「グリム童話集」、あれは1812年が初版であります。19世紀に入ってから。

 私は、これが文化の土台としてあったからこそ、昭和に入って大恐慌になった時、私はある偉大な失業対策事業が全国に広まったんだと存じます。何かといえば「紙芝居」です。失業者が手軽に出来る仕事でもありました。「紙芝居」は、シネマ、映画の技法ですアレは。映画のやり方を取り入れている。そして、全体がストーリーと、物語になっている。

 これをワクワクして観た世代がどういう世代だったか。戦後マンガのパイオニアになった偉大な作家たちです。名前は挙げる必要もないと思います。したがって、ストーリー・マンガ、物語のあるマンガという、それまで世界のどこにも無かった。独特のジャンルが生れました。映画の技法を駆使した分封が生まれたんだと存じます。

 それが今、「ドラゴンボール」だ「キャプテン翼」だとなって世界中の青少年を熱狂させております。どうでしょう、日本にある「物語」は、永い永い歴史の成長を得ております。もういいかげん日本人の持つ「日本独特の自発的な想像力」、「新しいものを作る力」というものに信を置いていい時代だと、私はそう考えております。

 あらためて申し上げます。我が国は、脈々として続いた伝統に誇りを持ち、そして勇気を持って改革、「新しき」を創造してゆくことが出来る国だと、私は幕末の志士の如く同様に国家の為に頑張りたいと思っております。

 長時間のご静聴ありがとうございました。

(最後時間を少しオーバーしてダメだしが入った)

 

  



ネット世論調査ポスト安倍決選投票!【麻生VS福田】





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【2007/09/21 19:12】 | 【筆者雑記】 | トラックバック(0) | コメント(2)
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コメント
テキストおこしたいへんでしたでしょう。ありがとうございます。
テキストに起こしておられて福田氏の話に何の具体性もビジョンもましてや知性も感じられなかったことでしょう。
比べて麻生氏の話はおもしろいしためになるし、
日本を誇りある国として感じることができるし、どうしていきたいかも具体的に示してくれています。
この10分間の話だけで勝負あったでしょう。
政治家は言葉です。空疎な心のこもらない言葉なんかいらない。当たり障りのない抽象的な言葉だけでは感動しないんですよ。
今、日本TVで福田、麻生どちらが総理になってほしいか視聴者に聞いていましたが3:7で麻生氏です。
さあ、自民党はどうするつもりなんでしょうかねえ。

【2007/09/21 21:00】 URL | さくらこ #-[ 編集]
さくらこ様

おっしゃるとおり、眠気と嫌気との闘いでした。
福田氏の表情には何の気迫もなく、最初から最後までやる気の無い、イヤイヤ時間を潰しているように見えました。自分でも何を言っているのか分からなくなったのか、途中何度も妙な沈黙がありました。あれは政治家じゃない。あれが総理になろうなんて冗談じゃない。
【2007/09/22 14:42】 URL | 娑婆妥場(管理人) #3.a9MHK6[ 編集]
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日本の近現代史の中から、主に感動エピソードを拾い集めてみたい。ゆっくりゆっくりですが。個人的には備忘録(メモ)のつもりです。

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この道を、どんな日本人が歩いていたんだろうと、ついつい想いを巡らせてしまう今日この頃です。
いろんな感動エピソードに出会ったけれど、記憶力が悪く片っ端から薄れてしまうので、思い切ってブログに挑戦することにしましたとさ。

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