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日本語で歌うナッキンコールでマヘリア想い出した!

http://www.youtube.com/watch?v=vQW6EzBZ5Vg

※ ナッキンコールの『L-O-V-E』日本語バージョン。

 ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919年3月17日 - 1965年2月15日)はアメリカアラバマ州モンゴメリー生まれのジャズ・ピアニスト・歌手。 本名:ナサニエル・コール(Nathaniel Adams Coles)、「キング」は愛称。 往年のファンや洋楽通からはナッキンコールと呼ばれることが多い。活動期間 1930年代-1965年
 娘は歌手のナタリー・コール。1991年に父親の声をオーバーダビングさせたデュエット曲「アンフォゲッタブルUnforgettable)」をヒットさせた。 【出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』】



 心がほんわかほぐれる癒し系ボイス、かつてシルク・ボイスと表現されてましたね。日本語の発音も驚くほど美しい。筆者はやはり言葉のはっきりしたボーカルが好きです。声質と発音の良さが好みに大きく影響している。筆者にとってのボーカルは、楽器と同等ですからね。人管楽器とでも呼びましょうか。(笑) 声のトーンやその発音からも人間性が伝わってくるような気がします。

 心地よい音楽を聴くと癒されますね。筆者の若かりし頃は、ことのほか黒人音楽が好きでした。「好きでした」と過去形なのは、いつの間にかすっかり音楽を聴くという習慣が薄れてしまってるんですね。最近でいい曲だなぁ~と思ったのは何だろう???(すぐには思い出せないほどで・・orz)

 若かりし頃かじった音楽の記憶で心元ないのですが、黒人音楽であるジャズのルーツはブルースですね。で、このブルースのルーツは黒人奴隷の間で密かに歌われたワーク・ソングでした。「密かに」とは、その時代の奴隷は歌うことすら禁じられていたからで。 

 例えば南部で盛んだった農地開拓のために森の木を伐採するのは黒人奴隷の仕事で、黒人たちは斧を振りかざして大木を倒すわけです。何度も何度も振り落とす斧の音に合わせてワーク・ソングが歌われた。(これらの音源も残ってます)彼らは日常の断片を声に乗せて、重いストレスを僅かに発散させていたといいます。意味合いは全く異なりますが、日本の田楽、田植え歌のような感じでしょうか。

 当然、曲としては、歌うことは禁じられていたので、イザとなれば誤魔化しが効くよう、歌詞に込める言葉は稚拙で短く、リフレイン多用の最小サイズでした。それがやがて一つの形式として進化し、12小節のメロディー構成(A/A'/B/A")、3コードのブルースが生まれた。

 しかし、そのなんでもない単純なフレーズが繰り返されるや、彼らの背景・境遇と相まってなんとも深い感情が押し寄せてくる。これまた背景が全く異なるけれども、俳句や短歌と相通ずるようなシンプルでいて深い味わいがあるのです。たとえば、適当に作ってみますが・・・

 あの娘が 行っちゃったよぅ~
 あの娘が 行っちゃったよぅ~
 夜更けにまぎれて 荷馬車に揺られて
 あの娘が 行っちゃったよぅ~

 こんな歌、筆者が歌っても誰も聴く気になれないでしょうが、奴隷制度撤廃前後の黒人が歌えば、全く意味合いが違ってきます。荷馬車に揺られる娘が人身売買で引き裂かれた恋人だったりする。アメリカの奴隷制度は、リンカーンの宣言と南北戦争の終結により全撤廃(1865)された。しかし、黒人への酷い人種差別はその後も続いた。(1964年の公民権法制定で初めて黒人に人権が与えられた)

 筆者が中学生の頃、米国での高視聴率TVドラマとして放映(たしかTV朝日?)された『ルーツ』を、深夜にもかかわらず家族そろって夢中になり観た記憶があります。学校に行けば『ルーツ』の話題で休み時間が消えたものです。(今考えると「差別」「同和教育」の下地のためだったのか?朝日だけに)

 何代にも亘る深い悲しみを越えて秘めて、黒人たちは軽くブルースを歌い陽気にジャズを奏でた。その音楽はやがて白人社会の対黒人偏見をも変えていく。その後も、リズム&ブルース、ゴスペル(黒人霊歌)、ロック、フュージョン、レゲエと、影響は広がり続け、今やアメリカ音楽を席捲するまでになった。(レゲエはジャマイカだけれど)

 これも筆者のつたない記憶によるものですが、黒人の声質は細胞の密度が違うからなんだそうで。白人の声質と全く違うことは、映像がなくても黒人の声は分かりますよね。黒人に近い声がフィリピン人だったり(これは筆者の主観)するところから、肌の色に比例するのかなぁと思ったりします。

 因みに、腹式呼吸の苦手な日本人は、日本語や国土の狭さが影響しているという話を本で読んだことがあります。それはもうDNAにまで記憶されているかも知れないとかいうもので、日本人の赤ちゃんと英語圏など腹式で発音する言語圏の赤ちゃんとでは産声から違うといいます。ほんとかなぁ。(笑) 日本語はひそひそ話しがしやすい言語なんだそうですよ。
 
 話がずいぶんそれてしまいましたね。それついでに、筆者が最も好きな黒人歌手はマヘリア・ジャクソン(ゴスペル歌手)で、これまた大好きな浅川マキに「おっ母さん」と呼ばしめたお方であります。

 下の動画はナッキンコールの娘であるナタリー・コールの『アンフォゲッタブル』、亡き父のヒット・ソングをその音源と重ねてのデュエットです。(坂本九ちゃんの娘さんもやってましたね)
 
 おっと!ナッキンコールとマヘリアの共演動画がありましたよ。マヘリアの歌にナッキンコールがサブで少しだけ合わせています。けして前に出ないでサブに徹して。たぶんこれは即興だったのでしょうか。

 実はマヘリアの歌で筆者にとって最高だった1曲を探していたのですが見つからずで・・、彼女の良さが凝縮された1曲だったんですが残念。アルバム『世界は平和を求めている』もとっくの昔に絶版のようでググっても引っかかりもしない・・orz。曲名もアルバムを知人に貸したまんまにしているので正確には思い出せない・・返してもらわにゃ・・(汗) で、次曲をと思いましたが、記事の流れでいけばコレですよね^^

 マヘリアの良さはバラードはもちろんですが、ビートのきいたアップテンポのものも凄くて、そのリズム感とシャウトの効いたブルーノート、太く艶のある声と、マイクを1メートル離しても通るほどの圧倒的な声量にあります。ああ、マヘリアのことになると止め処もなくなりそう・・ここいらで止めておきましょう、ハイ。


http://www.youtube.com/watch?v=T1K-15eQTns


http://www.youtube.com/watch?v=-O5hz5KnSdc&feature=related



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テーマ:懐かしの洋楽映像 - ジャンル:音楽

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日本の近現代史の中から、主に感動エピソードを拾い集めてみたい。ゆっくりゆっくりですが。個人的には備忘録(メモ)のつもりです。

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Author:娑婆妥場
この道を、どんな日本人が歩いていたんだろうと、ついつい想いを巡らせてしまう今日この頃です。
いろんな感動エピソードに出会ったけれど、記憶力が悪く片っ端から薄れてしまうので、思い切ってブログに挑戦することにしましたとさ。

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