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陛下の健やかなることを祈って 
 ※ スロベニアのインダス/EBM系アーティストが出したアルバム「Volk」(National Anthems 国歌集)より。だそうです。今日は天皇誕生日。メロディ・アレンジが聴く人によってはお嫌かもしれませんが、筆者は表現者の『君が代』への愛着に驚き感動しました。言霊すら感じ素直に感謝です。



□Laibach / Volk - Nippon
 


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テーマ:音楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2008/12/23 17:41】 | 【祝日・記念日】 | トラックバック(0) | コメント(0)
せんじんをわすれてなにをとぞおもふ
出撃を前にして ※ 気がつけば4ヶ月も放置しており・・。ここらでなんとかひとつは更新したいと、先月末から少しずつ編集しておりましたところ・・。なんというか。改正(悪)国籍法の成立、麻生政権の支持率暴落(させられた?)、いやいや、それらを取り巻くこの日本の歪な形相の内側で暮らす日本国民はいつまでもどこを向いているのか。自傷行為を繰り返す己が政界・メディア界を見て「それはおかしい」と叫ぶ声のなんと少ないことよ!

 昨夜のNHK放送「クローズアップ現代」をチラと見た。田母神論文の内容を問題としながらも検証は一切なし。本人不在のままに、まるで言論の弾圧、封殺だった。

 歴史認識について。「歴史の修正主義者を許さず」という声があるが、それを言う彼らは「歴史の偽造者」ではないのか。新たな史料が発見された時点で修正するのは、至極当然なことではないか。修正もせず、いつまでも精度を高めない歴史ならば小説との大差はなく、根拠としての価値もない。 

 先日のこと。北海道が出身だという団塊世代女性とロシアの話になった。歯舞・色丹・国後・択捉を早く返せと盛り上がったのはいいが。筆者が「日露戦争は二度とやりたくはないが・・」と言うと、あろうことか「また負けるに決まってるからね」と言った!

 それこそ、GHQ占領下の時代に生まれた年代の認識がこれなのだ。彼女とは以前も大東亜戦争の話でぶつかった。先人のお陰で今があるということに感謝することも忘れ、まるで違う民族のように悪態をついたからだ。昭和30年代の日本人を描いた映画「三丁目の夕日」を懐かしみ、あの頃は家に鍵をすることもなかったと絶賛しておきながら同じ口で悪態をつく。その矛盾にも気づかないのだ。

 筆者は何度も歴史を知ることの重要性を説いてみた。しかし、いまだに状況は変わらない。「それは見解の相違」だというのだ。見解以前を問題にしているが伝わらない。

 この歴史を知るということ。これは絶大に己を強くする。先人の経験を我がことにできるからだ。これまで悩んだ個人的な諸々が、いかに些細なことであったかがよくわかる。逆に何の気なしに見過ごしてきた重大問題の多いことよ。

 筆者が高校生だったころ。「生物」の教室の黒板に『人間とは何か』という言葉が書かれてあった。白墨で書かれたその言葉は卒業までそのまま置かれてあった。最初の授業で先生は「私が生物を専攻したのは、このことが知りたかったからです。しかしまだよく分かりません」とおっしゃった。

 『人間とは何か』を追求するのも興味深いことだが、まず、あらゆる分野の中でも、たった今の日本人にとって最も重要なのは歴史、特に近現代史を知ることであると思います。

 さて今回の本題について。下にご紹介する動画は、映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」を有志が勝手に販促するものです。そこでこの動画を筆者も勝手に支援したいと思います。まさしく思うところが同じでありますゆえ。動画とともに文章が流れます。文章もテキスト化しておきました。






□)「俺は、君のためにこそ死ににいく」ファンプロモ映像第3弾 - 前編


□)「俺は、君のためにこそ死ににいく」ファンプロモ映像第3弾 - 後編




今、日本が 日本でなくなろうとしています。
日本を壊そうとする 日本人が増えています。
日本の伝統を、日本的精神を 日本の良さを捨てようとしています。
規範と道理を捨て、自分さえ良ければいいと 考える人々がいます。

義務と責任に背を向け 権利と自由だけを欲しがる人々が 増えています。

嘘を真相として喧伝し 事実を歪めて吹聴し
真実を追求する人々に 「右翼」の烙印を 押したがる人たちがいます。

日本を忌み嫌う勢力に迎合して 安易に彼らを利することが「国益」だと
言う人たちがいます。

例え事実でも 問題になることには 蓋をして 触れないことが得策だと
言う人たちがいます。

安全な場所から 先祖や死者に鞭を打ち
唾棄し非難し 責任を被せることが 「日本のため」だと言う人たちが
政治、経済、報道、知識層などに蔓延しています。

彼らは真剣に日本を思う人々や、
日本を心から慕ってくれる国々には 足と背を向け
日本に唾を吐きかけ 卑下する国々に 
土下座して擦り寄っています。

日本を貶めようとする勢力の 言いなりになり 虚構という名の衣を仕立て
自虐という名の汚水に浸して 身に纏い
存在しない 「偽罪人の真心の自首」を演じることで
なんて自分は誠実で素晴らしい行動をしているのだろう と
歪んだ悦に入る人たちがいます。

そんな今、「公」をないがしろにし 「私利私欲」が最優先される
社会の空気を感じます。

そして この国がかつて それまでに前例のない 国難に対峙したとき

自分が生まれた国を 守ろうとしたことが
育った郷土を 守ろうとしたことが
そこに暮らす 家族をはじめとする 愛する人たちを 守ろうとしたことが

なぜか 極悪非道の犯罪扱いに なってしまっているのです。

人の命を救うために 自らの命を賭けることが
無謀で 無意味な犬死にだと
切り捨てられる風潮すら 見られます。

人が人のために尽くすことは 
人として 当然で 普遍的な価値観ではないとでも いうのでしょうか。

守るべきものを 自らの手で守るということを 否定するのは
人として存在する 意味を 捨てているに等しいのです。

「人は、人のために生きてこそ人」
簡素かつ明快な真理ではないでしょうか。

戦後民主主義と 個人自由主義が定着した 一見すると平和な現代。
「公」よりも「私」が 何よりも優先されるようになった 
現代の価値基準を用いて

「私」よりも「公」が重んじられた 半世紀以上前の時代の出来事を
安易に裁くことが できるのでしょうか。

国土が荒廃するほどの戦争に 日本が参戦したことの
是非を問う声は これからも永く続くでしょう。

しかし、もし日本があの時 戦争をせず
欧米による 文字通りの搾取型の 植民地支配を受け入れていたら
こんにちの経済発展は 果たして あり得たでしょうか。

欧米列強による アジアの植民地支配が 鮮烈を極めたその当時。
アジアに残った独立国家は タイ・ネパールのわずか3カ国。 

この最後の3つの独立国の灯火も 
じき消えようとしていた 激動の世界情勢。

まるで狩でもするがごとく アジア・アフリカに領土を広げ
覇権争いに興じた 欧米列強。

当時の白人社会には 有色人種との対等の関係 などという
概念すらありませんでした。

有色人種を 搾取の対象として支配することしか 考えていなかった。

白人社会からの侵略に対して 唯一、真正面から対峙したのが 
かつての日本だったのです。

もちろん 戦争はすべきではありません。
戦争に「善」は存在しません。
そこにあるのは 混乱と絶望と死。
善が悪を裁くのではなく 勝者が敗者を裁くだけでなのです。

生きる希望も 夢見るべき未来も奪う 戦争は
絶対に起こしてはならないという決意を 固めるべきなのです。

しかし こちらが望まなくとも 
相手側の一方的な 理由や欲望によって
争いを仕掛けられることがあるのも 現実です。

もし万が一 巻き込まれたなら その時は
絶対に負けてはならないのです。

そして、文字通り 国と民族の存亡を賭けて 戦いに臨んだ日本。
純粋に信じて 戦いに散った人々。
恐れ葛藤しながらも 出撃した人々。

果敢に職務を果たそうとした 職業軍人たち。
赤紙一枚で 戦場に駆り出された 前途ある若者たち。

無謀な作戦により孤立し 補給も途絶えた 南方戦線で
家族に想いを馳せながら 戦病死・餓死した人々もいます。

真剣に国難に応ずべく 自ら出征した人々もいれば
不本意ながらも 征かざるをえなかった人々もいます。

様々な想いを胸に 彼らを送り出した 家族、恋人、友人。
無事の帰りを 待ち続けた人々。
そして、ついに還らなかった人々。。。

そういう人々と国を 怒涛のごとく 呑込んでいった時代と世界情勢。

果敢に戦いながらも 国としての力を使い果たし 矢弾尽き果てた頃。
もはや 人の命を兵器に込めるしか 手段がなくなりました。

そのような状況で生まれたのが 
生みの親ですら「統率の外道」と認識していた 特別攻撃隊、
いわゆる「特攻隊」です。

自らが手塩に掛けて育てた 若者たちに
特攻を命じざるをえなかった 上官の心情は
いかばかりだったでしょうか。

特攻として 敵艦に突っ込めと 下命された人たちは
心底から死を 願っていたのでしょうか。
たとえ職業軍人であっても 心底から 嬉々として
戦争を望んだ人たちが どれほどいたでしょうか。

彼らは ただ言われたことを実行するだけの
ロボットだったのでしょうか。
国家の意思のままに動く 殺人マシンだったのでしょうか。

彼らの遺した言葉を 丹念に紐解いて 見えてくるのは
愛する人たちへの 想い。
自らと 愛する人々を生み育んだ 郷土、国への想い。

戦争という状況下で なんとかして
愛する人々を守りたいという 切なる願い。

目の前に 守るべき存在があるのに
守るべき道具が 尽きてしまった時。
ならば、自らの命を その手段として捧げよう
と決断した人々。

そしてそれは、自らの確実な 死を 意味していました。

彼らは 様々に悩み 苦しみ 葛藤した後に
その死を受け入れるための 理由を見いだすのです。

自らの命と引き換えるに値する 守るべき存在と その未来、
そして そこに託す希望の光を。

そんな彼らの想いを、踏みにじる人たちがいる。

彼らは 歴史の不幸な一面だけを 切り取り
ことさらに誇張した 偽論を創りだし
自らの利益誘導に 利用する人たちがいる。

日本人自身が すべき日本の戦争総括を
なぜか 日本を嫌う国々に任せたがる人たちがいる。

日本に核兵器を落とした国に 尻尾を振り
言いなりになる人たちがいるのです。。。

さらには 核兵器を使った側より 使わせた側が悪い 
などと言って 憚らない人たちまで出現しています。

「死ねば仏」だった 日本の仏教的、神道的価値観は
いつから「死者に鞭打つ」 儒教的価値観に 
変わってしまったのでしょうか。

感謝すべき人々に 唾を吐き、
主張すべき相手に 媚を売る。

それが、自由と平和と民主主義を 謳歌しているとされる
現代の日本の一面です。

よく 正しい歴史認識を と言われます。
しかし、利害が一致しない国家間で 
同一の歴史認識を持つことは 困難です。

名実共に 成熟した国どうしであれば
互いに 主張すべき点を 押さえたうえで
未来に向かって 相互の利益を踏まえた 
落としどころを用意することが
健全な外交というものです。

しかし、独自の過去にしがみついて
ひたすら傲慢な要求だけを 繰り返し
何が本当で 何が違うのかが わからなく
なってしまっている国々も あるようです。

相手の一方的な主張を 確認も検証も 不十分なまま、
事なかれ主義で 受け入れるだけでなく
真実に基づかないことに対してまで
謝罪と賠償をしている日本。
それが 相互利益だと 勘違いしている人々。

たとえるなら オモチャ売り場の前で
駄々をこねる子供が望むがままに
親が 買い与え続ける家庭が
どういう結果を迎えることになるのか。

自分が 危機に瀕した際に
助けようと 最善を尽くす努力を してくれた人に対して
「ありがとう」と 心から感謝することができない人間が
周囲からどう思われるのか。

私たちには、この日本の 伝統と歴史と 心を、
私たちの子供や 孫たちに 引き継いでいく責任があります。

捏造と歪曲で 汚された日本を
未来の子供たちに 託すわけにはいかないのです。

そのために 知りましょう この国の本当の歴史を。
語り継ぎましょう。 自らの愛する人々と
私たち未来の日本人のために 戦ってくれた人々のことを。

そして 心に刻みましょう。
彼らへの 深い感謝と尊敬の念を。。。

海軍、神風特別攻撃隊 第5筑波隊の 西岡高光中尉が出撃前に
取材に訪れた 作家であり、海軍報道班員であった 
山岡荘八氏に語った言葉を ここでご紹介します。

「学鷲は一応インテリです。
そう簡単に勝てるとは思っていません。
しかし、負けたとしても、その後はどうなるのです。
おわかりでしょう。我々の命は講和の条件にも
その後の日本人の運命にもつながっていますよ。
そう、民族の誇りにも・・・。」

西田中尉出撃の2日後、
中尉の母と兄嫁が出撃した基地に訪ねてきたそうです。
真実を話せなかった山岡氏は、中尉は前線の島に転勤したと告げ
休息所に案内しましたが、そこには「西田高光中尉の霊」が祀られ、
香華が供えてありました。

あわてた山岡氏の耳元に兄嫁が
「母は字が読めません」と告げました。

その場を取り繕ったつもりで2人を控え室に伴い、
お茶が出された時だったそうです。

「ありがとうございました。
息子がお役に立ったとわかって、
安心して帰れます」

山岡氏はいきなり 
こん棒で殴られた気がしました。
文字は読めなくとも、母親の勘で すべてを悟った中尉の母は
丁寧に挨拶し 兄嫁を励ましながら
涙一滴見せずに、立ち去ったそうです。。。





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【2008/12/10 03:18】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(0) | コメント(2)
しゃばだば近代国史帖


日本の近現代史の中から、主に感動エピソードを拾い集めてみたい。ゆっくりゆっくりですが。個人的には備忘録(メモ)のつもりです。

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娑婆妥場

Author:娑婆妥場
この道を、どんな日本人が歩いていたんだろうと、ついつい想いを巡らせてしまう今日この頃です。
いろんな感動エピソードに出会ったけれど、記憶力が悪く片っ端から薄れてしまうので、思い切ってブログに挑戦することにしましたとさ。

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