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どぶの中のカワズの微笑み
 ※ 前回に引き続きヒストリーチャンネル「CIA特集」絡みの雑感ですが。この特集、まだ続いています。その前にはCIAの前身であるOSSの番組もやっていました。

 OSS(Office of Strategic Services)とは、第二次世界大戦中、主に対ドイツ・日本のために組織されたアメリカ軍の戦略諜報局で、1947年にCIA(Central Intelligence Agency:アメリカ中央情報局)へと改組されたようです。

 そのOSSの第一期生の中にジョン・ウェン主演映画でお馴染みのジョン・フォード監督がいたというのだから驚いた。なるほど、男っぽいアクション映画が得意なわけだ。OSSはビルマや中国・フィリピンでも活躍していたそうです。(内心複雑)

 いやはやアメリカの政策というとコロコロ変わる印象がありますが、この特集を見ていても恥ずかしくなるほどの豹変ぶりで、開いた口がふさがりません。かつて支援した対象をいともあっさりと切り捨てる。支援の理由も敵対する理由も実に近視眼的で長期的展望なんてありゃしない。今も昔も相変わらずの行き当たりばったりなのだ。

 (それを「英雄話」として放映!?)

 国益と云われればそれまでですが、圧倒的物量がそうさせるのか、人に例えると短気で単純な腕っ節だけが強いマッチョなごんたくれ。何やら正義感たっぷりの理屈をくっつけるも穴だらけで見苦しい。強いことが正義なんでしょうか。

 少々言いすぎなようですが、数々の悪巧みを「過ぎたこと」とばかりにこうもあっけらかんと自慢げに公開されて、見ているこちらとしては「騙された方が悪いんでしょうか?」とまあ、口惜しくなるわけです。

 そのアメリカもソ連コミンテルンに好き放題かき回されていたわけですが。その煽りを食らってペシャンコにされた日本が、いまだに猿ぐつわを噛まされたまま土下座させられているというこの屈辱。大リーグでイチローたちが活躍し、アメリカでどれだけ人気を博しても筆者の気は治まりゃーしません。

 かといって・・・。臥薪嘗胆の意識も気概も感じられない今の日本の井戸の中では「犬の遠吠え」ですね。その遠吠えが広がって大音響となる日はいつ来るのでしょうか。

 しかし、反米感情はほどほどにしておきましょう。素晴らしいところも沢山?ありますからね。(苦笑)

 ソ連に占領されるよりはよっぽど有難かったし、中朝のような独裁政権の悪巧みに比べたら・・・と、究極の選択なわけです。何もかも、いまだに自立できない日本の不甲斐なさ、我々の体たらくがそうさせているのですから。

 さて、現在の日本の政界どぶの中では、転覆の序曲がそろそろ次のステージに進んでいるようです。指揮棒を振っているのは複数国ですかー?

 平沼代議士が新党構想を現実化させる向き、麻生代議士の胸の内は如何に。先ほど麻生氏のサイトにて、総裁選の総論(『文藝春秋』十一月号(2007)寄稿文「俺が新しい自民党を作る」)を読み返し、また、安倍前総理の李登輝氏来日の裏での対中姿勢の天晴れ記事(イザ!)を読みました。

 ついこの間の事ながら遠い昔のことのようで、過ぎた事とはいえ安倍総理を失ったことの重大さが再び胸に迫り口惜しい限り。しかし、後ろを向いている暇は無し。

 ・・・・!!!

 福田哀れ総理が「民主党とはもともと近い、協力政党」だと微笑んでいる!

 これ以上ここにいると何を言い出すか・・・自分でもぞっとするので、この辺でオイトマします。・・・・あーもぅ・・・。(タイトルが下品になってしまった)




 
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【2007/10/31 06:19】 | 【筆者雑記】 | トラックバック(0) | コメント(0)
接続ランプの点滅とかけて謀略の危機と解く
 ※ この2週間ほどインターネットへの接続トラブルのためブログ更新することができませんでした。ADSL通信が極端に不安定になったため(リンクランプ点滅)新しいタイプのモデムと交換したのですが、不安定どころかリンクランプ消灯で全く通信ができなくなってしまった。

 そこで、もしやNTTで何か変更があったやもしれぬということで再工事することとなり、無駄に1週間が費やされ・・・。結局は以前の古いタイプのモデムと再度交換してやっと繋がりました。しかし交換当初、リンク点滅、消灯を繰り返していたので不安は残りますが・・。

 その間2週間、ネットでの情報が途絶え軟禁されているようで何だか妙でした。(笑) 生活はもちろん大して変わらないのですが、不信感極まる報道のシャワーを浴びながら、まるで孤島にいるような錯覚に陥りました。なので極力報道関連にはぼんやりすることとし、本を読み直したりケーブルテレビ三昧と相成りました。

 本はイザベラ・バードの『朝鮮紀行』と黄文雄の『満州国は日本の植民地ではなかった』を途中まで読み直した。記憶力の悪い筆者は何度でも新鮮に読み返せるのだ! というより読み落としが多いこと多いこと・・。その時の興味で読み取るポイントも変わることを発見。

 特に『朝鮮紀行』は、日清戦争勃発前後の時代を当事者の目で記したものであり、旅行者とはいえ外国人の目にどう映っていたか、どんな情報を得ていたかが分かり興味深かった。

 その日清戦争は朝鮮の内乱をきっかけとして起きた戦争ではあるが、アジア一帯が列強に植民地化され、清国もアヘン戦争以来侵食されることに拍車がかかっているというのに、全くもって危機感がないばかりか、その属国である朝鮮の腐敗しきった体制に業を煮やした日本の焦りの結果であった。

 日清戦争の結果、朝鮮は清国から独立する。バードはこれを「日本から独立をプレゼントされた」と表現するが、朝鮮からすれば「独立させられた」になる。何も独立なんぞ望んでいなかったのだから。そして清国にすれば「属国を放棄しろ」と要求されて戦わずにはいられまい。

 このような日本の安全保障に関わる一大事と清国の宗主国たる威信の狭間で朝鮮が翻弄される図は、清国・朝鮮にすればさぞかし日本の侵略と映ったことだろう。しかし、世界がこの3つの国だけであったならまだしも、背後に迫り来る列強の圧力を見れば、極東の安定と強化のためには致し方が無い選択・・というより正しかった選択だと歴史が語っているように思う。

 あの時、日清戦争が無ければどうだっただろう。朝鮮は今も清国の属国でいられただろうか。内政は腐敗しきっており、その搾取のため国民の労働意欲は皆無で、首都ソウルですら悪臭に包まれる状態、飢餓と病、天災と悪政で人口は減る一方であった。いや、それ以前に清国も日本もロシアに併呑されるか列強の餌食となっていただろう。

 この本と並行してヒストリーチャンネルの「CIA特集」を見ていたものだから、国家の他国(隣国)への謀略についてホトホト考えさせられた。筆者の平和な頭では、つい出家に逃げたくなるような数々でありました。(苦笑)

 ただし、「CIA特集」といえどもテレビ放映であるので、どこまで本当のことかは伺い知れず、ひとつの参考資料としてとどめて見るようにはしましたが、筆者の手元にはその資料自体が乏しくビックリの連続でした。

 ぼんやり感想を述べると、他国に都合の悪い政権ができないように常に諜報、謀略することは自国の正義であり、その為の嘘は世界の日常茶飯事だというのに、そのどちらも日本には欠けている。それどころかやられっぱなしの優柔不断で、風前のともし火。今や哀れのチャンピオンだ!

 そんな精神状態でインターネット接続が回復し、少々情報を見渡してみると、福田政権という哀れの加速政権があちらこちらで国家のネジを緩める風情でデーンと居座っているのが見えた。このたった2週間で緩められたネジの多いこと!

 このような、他国に都合のよい政権が他国の謀略なしに、自然発生的に誕生するわけがありません。もしやまだ「諜報・謀略」という観念のモデム調整の緩んでいる方、またはモデムの存在すら無かったという方々、調整し直すか新品と交換、はたまた至急発注するなどして、安全保障通信接続の環境を整えておくよう進言したいと思います。

 因みに筆者は、数年前に中古のモデムを仕入れただけでしたので、このたび新品と交換した次第です。リンクランプをしっかり点灯させておきましょう。

 




 

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【2007/10/29 18:40】 | 【筆者雑記】 | トラックバック(0) | コメント(3)
茶漬けの具にされる日本
 ※ 国会中継は睡魔に襲われ途中断念。相変わらず民主党は無駄に時間を潰すに徹していました。下らない質問につまらない応答、一歩たりとも前進せぬ茶番劇が続き眠くなりました。

 こうやって国民が政治から離れてゆくよう仕向けているのではないか、と思ってしまう。主義思想が似通った政権と野党が、無駄に時間を費やしながら、国民を騙し騙し、主権を少しずつ放棄し利権と交換しようとしているように見える。

 テロ特措法の延長はあっさり断念し、新法提出ということになったようだが、筆者のような単純な頭では、それがどうしても理解できない。

 世論を盾に、延長を拒否した民主党。その世論はすでに賛成に転じているが、それでも断念とは、最初から延長をする気がなかったのかと疑ってしまう。まずは強行採決で延長を決めて、余裕をもって新法を提出すればよいではないか。新法にしても拒否されるに決まってるじゃないか。

 民主党はマニフェストで国連中心主義でいくと宣言しているようですが、それでは他国に侵略してもらおうという宣言に等しいと思うのですが違いますか? 

 その民主党に隠れて福田政権も同じ方向を向いているのではないか。一応は自民党としての建前を見せているだけではないか。一時的にせよ海自の撤収は自滅へのカウントダウンのゴングに聞こえる。しかも一時的で済むかどうかも分からない。 

 「国連」とは先の大戦での戦勝国側「連合国」のこと。その中心として戦った米英ソ中が、更に軍事同盟を国際機関として発展させたものが「国連」の正体。だからいまだに日本は常任理事国にも入れない。そこにフランスは入れても日本は入れない。

 その国連憲章に日本は「枢軸国」と記されたまま、削除要請は却下され続け、常任理事国入りは許されず、分担金だけを20%も払い続けている。熱戦が終わっても日本の立場は何も変わってはいない。

 米国はテロ特措法の延長を強く要求しながらも、腹では大して痛みもないように見える。更に日本を追いつめるネタにでもするか、と考えているように見える。生まれ変われない日本は、それでも従うしか道はない。日本は脅威でもなんでもないから、「生かさず殺さず」都合よく飼いならしておけばよい、とでも思っているのだろう。

 こうして眺めていると、欧米列強の覇権主義は、少しばかり形を変えただけで心根でほとんど変わるところが無い。戦う気力の失せた日本だけが大きく変化し、アフリカもアジアも依然として植民地時代の延長線だ。

 支那(漢民族)も相変わらず狡猾に生き延びている。思うに支那は国家というより血で世界に拡散、各国に潜り込み中枢に食い込む癌細胞のような存在か。結局、最後に残るのは漢民族だったりして。

 このまま日本は国の内外から塩漬けにされ、茶漬けの具にされ食い尽くされて終わるのか。それでもいいのか?

 
 

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【2007/10/10 19:13】 | 【筆者雑記】 | トラックバック(0) | コメント(0)
ちょっと独り言
 ※ 2ヵ月後に韓国の大統領選、5ヵ月後に台湾の総統選が行われる。日本の総選挙も来春には行われそうな気配、そして、アメリカの大統領選も来年11月。考えれば考えるほど気が重くなる。

 韓国の場合、世論では圧倒的に保守ハンナラ党が優勢とあり、そのまま何事も無ければ政権交代となる。しかし、きな臭い情報が飛び交っているようで、実に不安。

 台湾の場合は、いまだに国民党が優勢だとか。民進党の最後の追い込みに期待するばかりですが。

 アメリカもブッシュ政権の反動で民主党が圧倒的優勢。日本はごらんのとおりで、自動的に民主党への政権交代となりそうで。

 最悪。

 おまけに来年は北京オリンピック。放置されたカード。

 
 今の状況、まるでテロリストにハイジャックされた旅客機に乗ってしまったような気分ですが、まだその方が気が楽かもしれない。それなら事は単純で、善悪がはっきりしており道は一つ、体を張って戦えばよい。それで命を落としても、後悔だけはまぬがれる。

 酷いことになったものだ。福田政権という現実にお先真っ暗である。

 福田が来たりて墓穴掘る

 笑えないよー 
 
 
 

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【2007/10/07 03:54】 | 【筆者雑記】 | トラックバック(0) | コメント(2)
福田政権の暴走が始まった
 ※ 保守の皮ををかぶった左翼リベラル政権というのはタチが悪い。こんな政権が誕生したとなると、よほど腹を据えて立ち向かわねば取り返しがつかなくなる。そして予想通り早速の暴走が始まった。

 教科書の「沖縄集団自決」の記述を再修正させようという動きが加速し始めた。文科相、官房長官までがその気になっているようなのだ。安倍前総理が命を賭して改革しようとした教育問題に、とうとう手をつけようとしている。

 そもそもこの「集団自決」は沖縄でのみ起こったことではない。戦場となったあらゆる現場で起きていたことなのだ。それが不思議なことに、沖縄だけで「軍命令」「軍の強制」「軍の関与」があったと、徐々に言説を変えながら問題にし続けていたのだ。

 そして近年その証拠が覆り、教科書の記述から「軍命令」「軍の強制」の記述を削除することが決定された。

 この当然の処置に対して、それを覆す正当な理由は存在しない。理由がないから無理なことなのだ。その無理を「沖縄の人たちの気持ちを受け止めて」聞き入れようとしている。

 その「沖縄の人たちの気持ち」とは何なのか。本当にそのような気持ちがあるのか疑わしい。

 正確に言えば「左翼の人たちの気持ち」であろう。

 中国大陸や朝鮮半島に近い沖縄ですが、最もその影響が強くなったのは、「日中国交正常化」さらに「尖閣諸島問題の勃発」からであります。

 そもそも、戦後沖縄を占領統治したGHQが新聞社を作った。統治しやすくするために、マスコミの扇動で日本との分断工作を図っていたのだ。沖縄返還後は、その工作を左翼勢力が担っている。「沖縄の気持ち」とは「左翼勢力の気持ち」に他ならない。

 この教科書検定の決定を撤回させるために、直後から沖縄の教職員や県議会などの不穏な動きが続いていた。しかし、安倍政権である限りは覆されることはなかった。

 しかし、福田政権が誕生してしまった。方向が180度違う政権だ。あえて言う。福田政権とは「醜い日本」を創ろうとする政権であるのだ。

 昨日、新聞各社がこぞって、この検定を覆す集会「沖縄11万人デモ」を報道した。産経はベタ記事扱いだったが、他社は一面にカラー写真を使うなどスペースを割き大きく取り上げた。

 国を守る自国軍を恥辱する記事を、これだけ大きく煽るマスコミが大勢を占める。この異常性が我が日本の「戦後レジーム」だ。安倍前総理は、その改革のために孤軍切り込み玉砕した。

 渡海文科相そして町村官房長官は、このニュースを受けて「左翼(日本国家転覆工作員)の人たちの気持ち」を受け止め、「無理」を押して再修正をしようというのだ。

 福田政権というのは、このような「ごり押し」に屈する政権なのだ。これだけで終わるわけがない。外交で屈せば日本は終わりである。もとより、この問題は外交と直結することであるから、すでに屈したことになる。

 「沖縄11万人デモ」にも疑いが出ている。駐車場には無料送迎バスが並んでいたと。翌日のイベントに前日から集まった人たちも含まれると。11万人とは集会の主催発表であり、実際はその半分であると。沖縄県外、本島からの動員があったと。教員が誘導して生徒を学習名目で動員したとも。

 そもそもあの場所に1万人以上は入らないという情報まである。

 左翼政権に左翼マスコミ、そして左翼勢力の超派連合が束になっての暴走が始まった。安倍政権を倒したマスコミが自信をつけて、以前にも増しての暴走を始めた。

 あのデモは決して沖縄の気持ちではない。左翼勢力に弾圧された沖縄の人たちが可哀相でならない。教科書検定が撤回されるようなことになれば、沖縄と日本との分断工作は、限りなく成功へと導かれてしまう。

 そして、ひとたび民主党政権が誕生することにでもなれば、まず沖縄が、続いて日本が中国に併呑されてしまうだろう。民主党マニフェストの記述にあるように。

 先の参議院選での自民党大敗が、すべてこの道を切り開いたのだ。安倍政権を崩壊させ、今や自民党の崩壊そして日本の崩壊が見える位置に来ている。安倍前総理が残してくれた置き土産で、日本はいつまで持ちこたえられるだろうか。

 この日本を、この土壇場で復活させるシナリオはあると思う。しかし、さすがにそれを筆者が口にするわけにはいきません。

 この教科書問題が、どれほど危険な転換点となることか。国民の生命と財産、そして名誉を守るのが国会議員。当然、私心を捨てて大儀ある判断と行動を願います。



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【2007/10/02 14:46】 | 【筆者雑記】 | トラックバック(0) | コメント(2)
母さんのこと
 ※ 昭和27(1952)年公開、大映映画『母山彦』を観ました。三益愛子主演の「母もの」シリーズの一つだそうです。夫を子供の不注意?から事故で亡くし、母の手ひとつで3人の子供を育てる苦労と喜びが描かれてありました。

 昭和27年といえば、主権回復(サンフランシスコ条約執行)の年ですね。風景はとても貧しく、筆者にはとても懐かしい。いつの間にか、自分の母や兄弟とのことを想い出しながら観ていました。

 時代背景は戦中戦後ですが、戦争にはほとんど触れていません。まだGHQの影響下にあったのでしょうか。空襲の話も無ければ隣組の様子も全く描かれていません。ただただ貧しい中での母子の絆を描くばかり。

 あの頃は「日本の母」という表現がありましたね。筆者の母もまさしく「日本の母」でしたが、女性の幸せは結婚にあったのです。夫に尽くし夫を支え、子供を無償の愛で育て家庭を守る。そのためにはどんな苦労も厭わない。母の愛情は太陽に例えられていました。

 中学生の頃に先生から教えられたことを想い出します。

 「母の愛は太陽の愛、どの子にも分け隔てなく降り注ぐ愛」

 本当にそうだと思いましたね。疑う余地のない愛情をもらったと思います。その母が怒ると鬼のように怖かったのですが。昔は母のことを兄弟でこう呼んでいました。

 「鬼のお民」

 それが今では「仏のお民」。仏のように優しい。まるで観音菩薩のようです。

 その「鬼のお民」と呼ばれた母の時代は日本中が貧しかった。世界恐慌勃発の前年昭和3年に生まれ、小学校時代は一人母方の実家へ口減らしに預けられた。そこの赤ん坊を背負いながら水汲みや牛追い仕事を手伝った。

 でも、売られたわけではないので幸せだったと思う。その家の嫁には邪険に扱われたらしいが、その分祖母に可愛がられた。1本の短い毛糸と編み棒を与えてもらい、編んではほどきして遊んでいたという。今も母の特技は編み物だ。

 中学へは実家に戻り通った。卒業してまた一人、電話交換手になるために満洲へ渡った。ソ連の侵攻、東安駅爆破事件、逃避行、終戦を知り抑留生活、翌年に引揚げると故郷長崎には原爆の痕、母の病死を知らされた。


 母の優しさはどこから来たものだろう。貧しさや苦労? いいえ、筆者は「教育勅語」だと思います。だから母だけが特別優しいわけじゃない。あの頃の日本人はおおよそ優しい人ばかりですね。

 母の背中におんぶされている頃に、耳にたこができるほど聞かされた話があります。

 「しゃばちゃん、人は思いやりが1番大事なのよ、思いやりのある人におなりなさい。しゃばちゃんはいい子だね~・・・」

 おんぶされながら聞いたその話、その意味を知ったのはずっと後のことです。言葉も分からない頃から何度も聞かされた。それを思い出した時はほんとに驚いたものです。小学校高学年になった頃にふと思い出したことなのです。

 あの頃の兄たちのお小遣いは1日5円だった。ある日兄から

 「しゃばちゃん、母さんにお小遣いはまだか聞いてみて?」

 と頼まれた。

 「兄ちゃんから頼まれたことは言っちゃだめだよ」

 と念を押され「うんわかったよ」。で、素直な筆者は

 「母さん、兄ちゃんたちのお小遣いはまだなの? これ、兄ちゃんから頼まれたんじゃないよ」

 母は大笑いして「わかったわかった」。

 兄たちは様子を陰で見ていて逃げて行った。ずっと後で思い出し、そのことを確かめると、その日のお小遣いはとうとうもらえなかったらしい。これは高校生になってから想い出したこと。

 小学3年生くらいの夏のこと、近所の友達と家のそばで遊んでいた。外の水道(井戸)の水を流しっぱなしで桶に入れたスイカを冷やしていた。友達と二人で、そのスイカで遊んでいた。

 「ガオー、ガオー」

 二人でゴジラごっこ。スイカを持ち上げては、バシャンと桶に落す。すると友達が勢い余って落した拍子に桶の淵に当たり、スイカにヒビが入ってしまった。びっくりして二人顔を見合わせた。髪の毛が逆立つ思い。

 「どうしよう・・きっと怒られる」

 頭のいい友達は機転をきかし(?)

 「水が冷たいと割れることがあるらしいよ」

 そうか、そういうことがあるのかと騒いでいるところに母が・・

 「何してるの?二人とも・・あ、スイカ・・」

 「いや、スイカが割れて・・! 水が冷たくてね、冷たくて・・・」

 「そろそろ冷えたかな? 二人とも入りなさい、いっしょにスイカ食べましょう」

 今でもはっきり覚えています。母はきっと分かっていたはず。でも、怒らなかった。「ヒビが入ってちょうどいい」と、笑いながら私たちを家の中に入れてくれたのです。今でも時々思い出しては、母の優しさに感心します。

 あれからずいぶん経って、恐る恐るそのことを訊いたことがありましたが、母は「忘れた」「どうでもいいと思ったんじゃない?」と言って笑うだけでした。

 その母がいったん怒ると強烈でした。ある日学校から帰ると、ふすまの向こうから母の怒鳴り声が聞こえた。兄二人が叱られている。筆者がそーっとふすまの陰から覗くと

 「あなたたち、自分が何をしたか分かってるの?」

 と言いながら、二人並んで立っている兄たちを睨みつけていた。ひっぱたくから歯を食いしばれと言っていた!

 筆者がその場から一目散に外へ逃げたことは言うまでもありません。よく兄弟で遊び疲れた夕暮れの帰り道に、母がまだ怒っているかも知れないとしょんぼりする兄に

 「大丈夫、きっと今ごろ機嫌直してるよ」

 となぐさめたものです。その頃のことです。兄が「鬼のお民」と言い出したのは。

 その母も、兄たちが中学校へ上がる頃には手を上げることはなくなりました。それまでは文字通り「鬼のお民」、怒ると強烈でした。

 母はその時代に洩れなく、夕食は父が帰ってからで、父へは1品多く出し、全員が正座で「いただきます」「ごちそうさま」でした。途中で足を崩したり、肘をついたりすると「ピシャッ!」とやられます。一粒のご飯も残さず、「お百姓さんありがとう」と頂いたものでした。

 そうだ想い出した。父は帰ると背広を脱いで着物に着替えていました。ステテコに浴衣に団扇にタバコ(いこい)です。玄関に「おかえりなさい」と迎えに行くと、「ハイおみやげ」とたまにチュウインガムをくれました。

 懐かしいことが次々と想い出されます。1本の映画で色んなことを思い出す。もうこの辺にしておきましょう。きりがなくなりそうです。


 この映画の最後のシーン。息つく暇もないほどの苦労を重ね、ようやく初孫を迎えたその孫を腕に抱き、三益愛子扮するお婆ちゃんが嬉しそうに言います。

 「あんたはおかあちゃんにどんな苦労をかけるつもり?」


 

 

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【2007/10/01 15:51】 | 【筆者雑記】 | トラックバック(0) | コメント(0)
しゃばだば近代国史帖


日本の近現代史の中から、主に感動エピソードを拾い集めてみたい。ゆっくりゆっくりですが。個人的には備忘録(メモ)のつもりです。

プロフィール

娑婆妥場

Author:娑婆妥場
この道を、どんな日本人が歩いていたんだろうと、ついつい想いを巡らせてしまう今日この頃です。
いろんな感動エピソードに出会ったけれど、記憶力が悪く片っ端から薄れてしまうので、思い切ってブログに挑戦することにしましたとさ。

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