
※一言でウクライナ(人)を形容するなら、「自国の伝統を大切にする素朴な国民性を持った国あるいは国民である」と述べたのは、在ウクライナ日本大使の馬渕睦夫氏。
さて、ウクライナとはどんな国なんだろうか、どこにあるのだろうかと思われた方、筆者と同類であります。
ウクライナは、旧ソ連から悲願の独立(1991)を果たしてまだ16年、それ以前もずっと他国(帝政ロシア・ポーランド・リトアニアなど)の支配を受け続けたという苦難の歴史があります。にもかかわらず、その伝統文化を守り続けたことに、馬渕大使は驚き感銘を受けます。そして、そのことが「国家(民族)の存亡」において、いかに大切な要素であるかを知ります。
今回筆者は、現在ウクライナの教科書で、日本の伝統文化がことのほか詳しく紹介され、教材として高く評価されていること、また、自国の伝統文化を守ることの大切さを、以前馬渕大使が話されていたことを思い出し、調べなおしてみました。以下、馬渕大使のお話のまとめとインタビュー記事です。
□ 小学5年生の教科書
約2センチもの厚みの「外国文学」の教科書で、ヨーロッパ文学(ゲーテ・アンデルセンなど)に混じって日本文学(松尾芭蕉)が含まれている。(東洋からは日本だけ)
○○について、例えば何をどう教えるかということについて、それぞれのしっかりとしたカリキュラムがある。
《松尾芭蕉の場合》
・自然を人格化するのは日本文学の特徴である。
・自然はインスピレーションの基であって、自然の描写によって日本人は自分の気持ちを表す。
・平凡の中に日本人は美を探す。
・精神性と物理的な世界との間の調和を日本人は大切にする。
などを調べ上げて、それをもとに松尾芭蕉の俳句を学習する。(わび・さび・もののあはれ、など)
□ 高校2年生の教科書
川端康成の『千羽鶴』が必須科目となっている。
その経緯は、川端康成のノーベル文学賞の受賞演説「美しい日本の私」の中の(自分は日本の「美」により生まれた)に注目し、その「美」を学ぼうということから採用されるに至った。
『千羽鶴』からは、「小説における民族的な倫理感および「美(学)」の原理を学ぶ」とあり、そこから日本の国民性を評価してくれている。つまり、倫理感が高い・教養があり規律正しい・人間関係を重視する・相手を尊敬し伝統を大切にする、国民だと見てくれている。
□ 馬渕大使 談
「本来『千羽鶴』の時代の日本人はそうだったが、現在はどうか。考えると少し恥ずかしくなるんです」
●馬渕大使がウクライナの教育を実感した時の話
昨年のウクライナにおける「日本月間」(3ヶ月)で、40種の様々な日本の文化行事を紹介した時のこと、取材に来た有名新聞(デニ紙)が日本特集の冊子を作ってくれたのだが、その表紙(ぞうりと扇子の写真)のタイトルが「調和」の一言だった。
なぜなら、事前のインタビューの中で、大使がこの文化月間のテーマ、メッセージが「調和」であることを述べていたからであるが、彼らが素直に「調和」を理解できるのは上記のように小学生の頃から学んできたからに他ならない。
文化行事は結局大成功に終わり、大使は最後の挨拶でなぜ成功したかについて、「ウクライナの方々の日本文化に対する関心の高さが最大の原因です」と述べた。
現在ウクライナの大学で、日本語を学ぶ学生の数は2000人にのぼる。因みに、近隣国のイタリア語を学ぶ学生の数は、半分の1000人である。
□ 馬渕大使 談
「なぜ日本の文化に関心を持てるのかというと、ウクライナの人々が自国の伝統文化を非常に大切にしているからなのです。ですから、他国に対しても関心を持ち、それを評価し、あるいは尊敬することができるのです。
そう考え日本のことをふり返ってみると、自虐史観とかと言われています。結局これのどこに問題があるかというと、自虐史観で教育を受けますと、他国に対する尊敬も出てこないと、つまり自国の伝統文化を大切にしようという気持ちが育たないと、他国のそれを大切にしようという気持ちがそもそも出てこないわけです。
ですから、もし今、この戦後の自虐史観の教育が行われているとしたら、これは日本を、ますます世界から孤立させていく教育ではないか、という心配をしているわけなんです」
□ ウクライナにおける日本の援助の効果について
援助の額としては非常に少ないにもかかわらず、評価は非常に高い。
例えば、わずか4〜500万円の援助(草の根人間の安全保障基金)であっても、とても感謝してくれると同時に、ウクライナの人々はそれをきっかけに自分たちも何かしなければいけないということを口にし、また、実際に行動をおこす。
いわば「呼び水効果」(持続的発展)がある。これは、ウクライナの文化水準・倫理感の高さを表している。
※ 以下、「在ウクライナ大使館」HPからの長い引用になるが、いつか削除されるかと思うともったいないので全文引用させて頂いた。
□ 馬淵大使による日・ウクライナ関係に関するインタビュー記事http://www.ua.emb-japan.go.jp/J/Relations/ukrslovo.htm
「ウクラインスケ・スローヴォ」(ウクライナの言葉)新聞
2007年2月14日〜20日付第7号
著者:リュドミーラ・チェチェリ
ウクライナの宝物と日本のかぎりない優しさについて
一年と少し前に在ウクライナ特命全権大使に馬渕睦夫氏が任命された。これまで日・ウ国交樹立以降、日本の対ウクライナ無償資金供与の総額は143.8百万ドルに達し、うち、昨年だけで総額204,941ドルに上る6つの無償協力プロジェクトが行われた。チェルノブイリ関係及び医療分野のプロジェクトが2つ、障害児教育のプロジェクトが1つ、教育機関に対する援助が2つ、ホームレス関連の援助が1つである。また、昨年は文化無償としてドネツク国立オペラ・バレエ劇場に対し630千ドル相当の照明機材が寄贈されるとともに、ウクライナ国立工科大学「KPI」にウクライナ日本センターが開設された。
日本とウクライナは地理的には遠く位置するが共通点が1つある。それは両国民が長年の歴史の中で様々な民族の文化を取り入れ豊かでユニークな文化を作りだしたことだ。そして、このことが両国の文化に対する相互尊敬と相互理解の基盤となっている。
今日のゲストは馬渕睦夫在ウクライナ特命全権大使です。
貴館が行っているイベントには何度も参加させて頂いています。貴大使は他国の大使と違ってウクライナ語を話されますね。
ウクライナ語は勉強を始めたばかりですので、通訳を介さずに全てのご質問に答えられるかまだ自信がありません。実はウクライナ大使に任命されることを知ってすぐウクライナ語を習い始めました。なぜなら15年前独立したウクライナ国民にとってウクライナ語はウクライナ国民のアイデンティティーの基礎であるからです。ウクライナとその国民をより深く理解するためにウクライナ語を学んでいます。
大使にとってウクライナ語は難しいですか。
確かにウクライナ語は外国語なのでその意味で難しいですが、ウクライナ語の響きがとても気に入っています。ウクライナ語の音楽なような調べを聞くと心が温かくなります。
ウクライナ語の歌も聞いていらっしゃいますか。
はい。特に民謡が好きです。民謡には時に悲哀を感じますが、その悲しみは絶望的なものではなく肯定的な悲しみで、耳に心地よい悲しみですね。この肯定的な悲しみこそが両国の民謡の共通点だと思います。
ウクライナの第一印象はいかがでしたか。良かった点と悪かった点をお教えください。
最初に感じたのは、ウクライナは非常に豊かな国だということです。ウクライナは広大で肥沃な国土、豊かな天然資源、優れた人材に恵まれています。また、ウクライナ人は自国の文化、歴史を大切にしています。だからこそウクライナは豊かな国だと思うのです。
例えばキエフです。素晴らしい偉大な都市です。建築だけでなく街のもつ雰囲気も素晴らしいと思います。このような美しい都市にはきっと心のきれいな人々が住んでいると思います。ウクライナ国民の魂の現れではないでしょうか。
勿論欠点はどの都市・国にもあるもので、良い点に目を向けた方がいいと思っています。あえて欠点を挙げるとすれば、ウクライナの美しさを気づかないウクライナ人がいるということでしょうか。
幼い頃、現在の職業を選んでこのような世界を目にすると考えておられましたか
私は中学校3年生、14歳ぐらいの時、国連副事務総長のラルフ・バンチ氏に関する興味深いドキュメンタリーを見ました。彼はパレスチナ住民の救援に精力的に活動した人間です。このドキュメンタリーを見て私の世界観が全く変わりました。平和や世界の幸福のために何かしたいと思ったのです。
それで現在の道を選ばれたのでしょうか。
正直に言うとその時は外交官になりたいとは思いませんでした。ただ世界に出て平和のために色々な人と一緒に働きたいと思いました。
今では世界や自分にとって新しい国を知るという喜びが出てきて...
そうですね。他の国の文化に触れることができて本当に嬉しく思います。人々と出会い、彼らがどのように何のために生きているのか、どのように考えているのか理解する機会を得ることが出来ました。そして彼らの抱える問題、時には不幸を見ることもありますが、彼らのお陰でこれら全てを感じとり自分の世界観を広げることができました。これにより私の人生が豊かになったと思っています。
芸術家、政治家として活躍しているウクライナ人女性をどのように思われますか
ウクライナは男女不平等な社会だとは思いません。例えば、ウクライナでは女性の政治家は非常に積極的に活動し、成功しています。例えば、ティモシェンコ元首相が良い例です。
また、ウクライナには芸術活動に携わる女性も沢山おられますが、昨年、当館が「日本月間」を開催した際、芸術分野で活躍している女性が数多く参加して下さいました。イベント参加者は男性より女性がずっと多かったです。
ウクライナ人はウクライナがEU加盟すること望んでいますが、右につきどのようにお考えですか
ウクライナ人がEUに加盟したいと思う気持ちはよく分かります。例として次のような歴史的事実を挙げましょう。キエフ・ルーシはヨーロッパの偉大な国で、私が知っている限り、キエフは当時ヨーロッパの一番大きな都市で、4万人の人口を擁し約400の教会が町にはありました。おそらく当時、一人当たりの教会数は最も多かったのではないでしょうか。
勿論、ウクライナ人のヨーロッパ志向については理解していますが、ヨーロッパの国々以外にも世界には日本を含め協力関係を築くことができる国があることを決して忘れないで欲しいと思います。ウクライナがEUに加盟する際にもウクライナ人は自分たちの独自性を失って欲しくないと思います。
日本もウクライナも同じ悲劇を体験しています。ウクライナではチェルノヴィリ原発事故、日本では広島と長崎が原子爆弾によって壊滅されました。ウクライナで事故が発生した際、日本は真っ先に我が国に援助してくれた国の1つで、最大の援助国ですね。
そうです。日本人は真摯にチェルノヴィリ被災者に共感しています。62年前日本は原子爆弾による悲劇にあいました。他の国民ではなく日本人こそがウクライナとその痛み・悲しみに共感できると思っています。だからこそ日本による援助は他の国の援助と異なるのだと思います。
先ごろ「ウクライナにおける日本月間」が終了しました。数あるイベントのうち何が一番印象に残りましたか
実は、ウクライナでは日本文化に深い関心を寄せる人の数が非常に多いということが一番印象に残りました。また、それはなぜかということを自分なりにじっくり考えて答えを見つけました。
私が思うには、ウクライナ人は自国の文化と伝統を尊敬し大切にしているからこそ、他の民族の習慣や文化に深い関心を示しているのです。「日本月間」の行事を終えて東京の外務省に報告書を送りましたが、「日本月間」の成功の要因はウクライナ人の日本文化に対する深い関心であったと報告しました。
日・ウ間の双方向の観光の可能性についてどのように考えていらっしゃいますか。また、最近日本からの観光客、またウクライナからの観光客の数は多いでしょうか。
私は両国の観光産業、特に日本人観光客招致は将来性があると思っています。それは先ほど申し上げたようにウクライナは美しい国で豊かな観光資源があるからです。
海外を訪れる日本人観光客の数は1700万人にも上ります。うち約5万人がスロバキア、14万人がチェコ、6万人がポーランドを訪れています。昨年ウクライナを訪れた日本人は約5-6千人ですが、将来は5万人程度まで増えてほしいと思っており、また、それは可能だと思います。
私は日本人観光客がウクライナの素晴らしい景色や風景を見たり、買い物をしたりするだけでなく、ウクライナ人の生活やウクライナ民族のもてなしの心、ウクライナ人が自国の文化を大切にしていることなどを感じてほしいと思います。私の考えでは、観光とは何か物質的なことだけでなく、他の国民の独自性やオリジナリティーに触れる事だと思っています。
ウクライナのどこに行かれましたか。どこが一番印象的でしたか。
リヴィフ、チェルニギフ、ジトミル、チェルノヴィリ地帯、オデッサを訪問しましたし、先日、イワノ・フランキフシクから帰ってきたばかりです。どの町も気に入りました。それぞれ異なりますが、全て独特の魅力があります。
ウクライナではお友達が出来ましたか。
はい。友人を数多く得ることが出来ました。それは個人的な関係だけではなく、大使館が行なう様々な行事を積極的に手伝って下さる日本語講師や日本語を勉強している学生たちも含まれます。そういう意味で、リュドミーラさんも私のお友達ですね。日本をよくご理解下さり数多くの日本文化事業をウクライナ人にご紹介して下さっています。
余暇はいかがお過ごしですか
よく聞かれる質問ですが、私にとっては仕事と趣味は同じもので、全て私の人生です。つまり、仕事でも暇な時間に何かをしている時も、常により良い人間になりたいと考えています。
お好きなウクライナ料理(日本料理)は何ですか? 最近ウクライナでは日本料理レストランがどんどん増えていますが、それらは本当の日本料理と言えるでしょうか
好きなウクライナ料理はたくさんあります。全ての名前は思い出せないですが、一番好きなのは多分ボルシチです。ボルシチを食べると「これぞウクライナ」と思います。勿論日本料理も好きで、一番好きなのは寿司です。
確かに、日本料理レストランが数多くできました。キエフだけでその数は約40軒に達していると伺っています。残念ながら、全ての店に日本人シェフがいる訳ではありませんが、ウクライナ人コックが日本料理を作ろうとしていることは良いことだと思っています。
それに関連して2月末にキエフでレストラン・フェスティバルが行なわれますが、公邸で働いている私の個人的なシェフが伝統的な日本料理の作り方をご紹介します。右はウクライナ人調理師のための日本料理講習会です。
インタビュー終了後、馬渕在ウクライナ日本国特命全権大使は有名な日本の作家、芥川龍之介の短編集『蜘蛛の糸』を私にプレゼントして下さり、特に日本を理解する上で『神々の微笑』という作品を必ず読むようにと仰った。実をいうと翻訳者イワン・ジューブ氏による短編集は既に何度も読んでおり自分の友人などにも薦めている。これを読むと、日本に対して愛情がわき上がる。自国を本当に愛している人間だけがこのような素晴らしい作品を生み出すことができるのではないだろうか。
(了)
☆松尾芭蕉の関連本
☆川端康成の関連本
☆芥川龍之介の関連本