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ドキュメンタリー映画 『台湾人生』 - 解けない数学
※ お待ちかね、ドキュメンタリー映画『台湾人生』の報告です。

「台湾人生」のチラシ http://www.taiwan-jinsei.com/


 初日はどうしても都合がつかず、2日目(6/28)の日曜日に友人と二人で行って来ました。この友人は、筆者とは違って「台湾」と聞いてもいつもさしたる反応はなかったので、誘いに乗ったこと自体にびっくりでした。誘ってみるもんだ。(笑)

 もちろん前もって、日本語世代の方々を追ったドキュメンタリー映画であるということは伝えましたが。殺人的多忙な人だから、即答で断られると思っていたんですよ。たびたび台湾の話を聞かせていたことが効を奏したのかな?

 会場の『ポレポレ東中野』は、以前住んでいたマンションから歩いて1分足らずのところにあり、10数年ぶりの懐かしさでした。よく通った「定食屋」が無くなっており、なかなか開通しなかった大江戸線の駅が出現し、東中野には不似合いな高層マンションがそびえ立っておりました。

 そういえば・・と、よく飲んだ帰りに立ち寄った、台湾人夫婦の美味しい餃子の店も消えていた。これはホントに残念。注文してから目の前で餃子をささっと包み焼いてくれるのです。カウンター5席ほどの狭い店で、赤いタレの味が絶品だった。「台湾からタレが届いたよ~」と、あの笑顔に会いたかったなー。


ポレポレ東中野


 上映の40分ほど前に到着、わらわらと人が吸い込まれてゆくのを見て、なんだかみんな知り合いのような気がしたのは筆者だけかな。まさか閑古鳥が鳴いてやしないかと一瞬でも心配した自分を哂い、早速地下のシアターへ向かった。そんなことよりチケットがあるかが心配になったのだ。

 あー、こんな話より本題ですね。実は、この映画、強烈だったのですよ。これがドキュメンタリーの凄みなんだなと、いまだに筆者の脳裏で何かが渦を巻いてます。それで、考えがまとまらず、なかなかブログに掲載できなかったのです。

 鑑賞中は、ストーリーのある映画でもなし、面白さを感じる場面もたいしてあるわけじゃなく、ただただ、台湾なまりの聞き取りにくい日本語を追うのがやっとだったのです。生活背景の全く違う5人の“日本語世代”の人生の断片が或る時系列で行ったり来たり、時には交差するように語られる。

 彼らの溢れんばかりの胸の内を聞いて、聞いて、一方的に聞いているうちに、映画が終わる。でも、これは単なる映画ではないのです。これはフィクションではなく、ファクト。ドキュメンタリー映画は、実は観終わった瞬間から始まるのですね。

 会場を出た私達は、そのまま別れる気になれず、とりあえず食事を兼ねて喫茶店に入った。奇妙に疲れた気持ちを静めたかったし、何かを納得したかったのだと思う。そこで友人に感想を尋ねてみた。

 友人は、あまりよく分からなかったと言い。途中すこし居眠りをしたのに涙も出たと不思議がっていた。

 筆者は、これが友人の正直な感想だと思った。語りの半分くらいは聞き取りにくく、歴史的背景をよく知らないと理解し辛く、よほどの興味がなくては中だるみするのも致し方がないと。でも、涙が出たんだな。筆者は全く出なかったけれど。筆者は必死で聞き取ろうとしたこともあったが、或る違和感もあったからで。ただし、噛み砕くにまだまだ時間が欲しかった。頭の中をぐるぐると、色んな思いがめぐっていた。



 5人の表情から伝わることは、「自分達の気持ちを日本と日本人に伝えたかった」という必死な思い。それは、懐かしさであったり、恨みであったり、疑問であったりと、どうにもまとまりがつかない思いだ。

 過去の日本への感謝の気持ちと、敗戦と同時に理不尽に「捨てられた」戸惑いと悔しさが、それぞれの人生にくっきりと残る記憶と絡んで、絡みこんで、考えれば考えるほどにもつれ込んで、それがどうにも「解けない数学」のようで苦しいのだ。

 筆者はね、観ている間ずーっと思っていたことが「戦争には絶対に勝たなきゃならない」ってことだったんですよ。終わったことですから、もうどうにもなりませんがね。

 どうにもならないが、せめてあの戦争をきっちり総括することですよね。日本はまだ、しっかりと向き合っていないし、どこか他人事のように済ませてしまっている。そのせいで、日本は鬱病のようになっているのだと思う。

 最近になっても原爆症をめぐっての訴訟がありましたね。なぜか原爆症についてはタブーのようで、64年を過ぎてもゴタゴタするのです。原爆症でなくとも、癌で亡くなる人は多いというのにです。また、原爆を落としたのは日本ではなく米国であるというのにです。日本は病んでいるとしか言いようがない。

 未だ病んだままの日本だからこそ、あの元台湾系日本人たちに何も言えないし、何もしてあげられないのだと思うのです。“解けない数学”は、日本の病が生んだ状況であると言える。

 ドキュメンタリー映画『台湾人生』を推奨します。かつての同胞である彼らの人生は、我々日本人の片割れだ。



上映後、観客に囲まれる酒井充子監督
☆上映前にスタッフに写真撮影の許可をお願いした、なんとその人が監督であったのです。ペコリ。



  
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テーマ:ドキュメンタリー映画DVD - ジャンル:映画

【2009/06/30 08:13】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(1) | コメント(1)
台湾の “日本語世代” に逢いに行こう!
映画 -- 『台湾人生』の予告動画

 

   台湾人の
   悔しさと
   懐かしさと。

   本当に解けない数学なんです。


 
酒井充子監督作品
撮影:松根広隆 
音楽:廣木光一 
編集:糟谷富美夫 
プロデューサー・録音:田辺信道 
制作:協映 
支援:文化庁 
配給・宣伝:太秦 

【監督メッセージ】 
 台湾の日本語世代のみなさんにお会いするたびに、背筋がピンと伸びる思いがし、自分が日本人であるということについて考えさせられます。日本に統治されていた時代に多感な青少年期を日本人として過ごした日本語世代の存在は、台湾だけではなく、日本の歴史の一部として記憶されるべきだと思います。

 彼らは日本に対する複雑な思いを抱えたまま、長い道のりを歩んできました。その思いに向かってカメラを回しました。五人の登場人物へのインタビューはすべて日本語です。みなさんは、繰り返し問いかける私に根気強く向き合い、優しくときに厳しく語ってくれました。

かつて日本人だった人たちの声を聞いてください。ほんの一部ではありますが、日本が台湾でしたこと、今の日本が台湾にしていないことが浮かび上がってきます。そしてなによりも、時代にとらわれることなく、自分の人生に誇りを持って最後まで生き抜こうとする一人ひとりの姿を、尊敬の念を持って受け止めていただきたいと思います。



  『台湾人生』公式サイト
 上の予告動画はトップページにあるものと同じ内容です。


【youtube台湾関連ピックアップ】 
 新台湾と日本
 戦後に台湾にやってきた大陸からの外省人から “日本ゆかりのもの” を守り抜いた台湾の人達。
 台湾・日本統治時代の古写真
 台湾の日本時代の写真集です。BGMは大河劇(徳川慶喜)を使っ ています。
 米国から見た日本の台湾統治~「知られざる台湾・台南市」より
 2008年米国ディスバリー・チャ ンネルによって制作された5回シリーズ「知られざる台湾」の一部。

                                                   
 「台湾人生」のチラシ


 《劇場情報》

日 時 : 2009年6月27日(土)より 10時40分~
会 場 :ポレポレ東中野(モーニングショー)
 
日 時 : 2009年8月1日(土)より
会 場 :横浜ジャック&ベティ

《その他予定劇場》
函館 :シネマアイリス
札幌 :シアターキノ
新潟 :新潟シネウィンド
愛知 :名古屋シネマテーク
大阪 :第七藝術劇場
沖縄 :桜坂劇場








 。゚.o。ヾ(o≧口≦嬉)ノ。゚.o。

キ キ
  ーーーーーーー!!!!!





テーマ:映画の予告 - ジャンル:映画

【2009/06/04 16:14】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(34) | コメント(2)
日本をそっとしておいてね

http://www.nicovideo.jp/watch/sm5714644

※ 昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約(前年9月8日)の発効により日本は独立主権を回復した。よって本日4月28日は祝日であるべきはずなのですが、謙虚(???)な日本人は平日扱い。せめて翌日の昭和天皇誕生日とともに昭和を偲びたい。

 上の動画は『君が代』演奏2バージョンです。2つ目の邦楽版があまりに素晴らしいものだから、ぜひとも多くの人に聴いてみて欲しいと推薦しました。邦楽の音色に心が清められ。(画面が反応しない場合は下部URLへ)

 そして下の動画(URL)は「ちょっと前の日本人・・・」、この記録映像も推薦せずにはいられない^^

http://www.nicovideo.jp/watch/sm6701231
 

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/04/28 05:35】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(0) | コメント(2)
「マスメディアはフィクション」を流行語大賞に!

☆(推奨)右下の「ふきだし」マークをクリックでコメント消せます。


※ 国家ネガティヴキャンペーンの為ならエンヤコーラと日々、捏造・ミスリード・二枚舌・サブリミナルと何でも有りのアカラサマ・マスメディアですが、中でも文字通り見逃せないのは「意図的に事実を報道しない」という捏造にも匹敵するような手法です。

 上の動画、『解散総選挙☆特別企画「危機をチャンスに変えろ」(前編)~G20 舞台裏』を見ると、そのソースの殆どが「一次資料」で編集されてありました。それと同時に、それらの事実はマスメディアでは殆ど、もしくは全く報道されていないものばかりでした。

 これが意味するもの。・・・・・・爆笑!w

 前回のエントリーの落語が、いまだに離れなくってごめんなさい。><

 もう、めんどくさいから「マスメディアはフィクション」ってことで! やはり、情報はネットでなきゃもう信頼性ゼロってことでいいですかね^^ これからも地道に、ネット情報を世間に拡散し続けると。と同時に田植えもコツコツやると^^

 ところで、上の動画の完成度たるや目を見張るものがあるというか、これぜひ映画化してもらいたいですね。どうですか、こういう類の上質動画がどんどんネット上に蓄積されてますけれども、もったいないですね。こんな映画がいつか上映されれば、もう真っ先にバスタオル持参で観に行きますがね!

 ん? そんなプロジェクトがどこかで始まっているような匂いがしますが、気のせい・・? これ、筆者の予知?妄想??

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

【2009/04/21 00:19】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(0) | コメント(2)
もういくつねるとさようなら


 ※佐藤栄作首相(当時)の退陣記者会見。こんな動画がUpされていたんですね。岸信介元首相は実兄、吉田茂元首相の遠縁に当たる。第61/62/63代内閣総理大臣(1964/11/9-1972/7/7)。

 「テレビカメラはどこかね?僕は国民に直接話したいんだ」「偏向的な新聞は大嫌いなんだ」

 「新聞はけしからん、テレビを優先しろというのは我々は絶対に許せない!」

 「かまわないですよ、出てって下さい」

 「じゃあ出ましょう!出よう出よう」

 
 何だか見ていて切なくなりました。これがマスコミの我が国首相に対する態度なのだ・・今に至るまでも・・。麻生首相も何度も「新聞は読まない」とテレビに向かっておっしゃってましたね。筆者も購読はしておりません。たまに駅の売店で産経新聞を買ったりはしますが、それもよほど手持ちの本がない時だけです。

 筆者が新聞やテレビの偏向に気づいたのはまだ最近のことで、やっと6年目ってところかな。気づいたきっかけはやはりインターネットでした。ネットで知り合った友から「2ちゃんねるって知ってる?」と訊かれて、テレビのチャンネルのことかと思ったくらい何も知らなかった^^

 テレビの2チャンネルなら関東ではその頃砂嵐だったし、関西ではNHKだから、なんでわざわざ「2チャンネル知ってる?」なのかが不思議で、何度も問い返しやっと意味がわかった(笑)。へぇ、掲示板だけのサイトがあるのか、へぇ~と覗いてみると、初体験の筆者には頭の痛くなるようなコメントの嵐、早々に退散するはめに・・。そのうちその存在すら忘れておりました。

 ところがそのネット友が、またまた2ちゃんを話題にする。すっかりはまっているらしい。そうか、そんなに面白いのか、とまた行ってみる。そこで目にとまったスレが・・朝日新聞がドータラコータラというもので。おまけに朝鮮人がドータラコータラ。

 何でこんなに朝日新聞や朝鮮人が批判されているのだろうかと、しばらくコメントを読んでいるうちに、「腑に落ちる」ことがいくつも思い出された。ちょうどその頃、筆者も中韓での執拗な反日暴動と「靖国批判」「謝罪と賠償」要求に嫌気がさしていたこともあり、「なぜ日本が先の戦争に至ったのか」を調べ始めたところでして、左に振りきった脳が少しずつ定位置に戻りかけていたんですね(笑)。

 しかし、まだ途上でしたから、マスコミの偏向に気づいてもおらずで。何だかとんでもない事実にぶつかってしまったように思いましたよ。あー、それと「日韓WC」の折に感じていた違和感が、2ちゃんのお陰で氷解しました(笑)。
 
 話を動画に戻しますが、我が国の矜持ある政治家と国民の間には、いまだに「深くて暗い河」がある。ロウ&ロウ、ふり返るなロウ♪って唄ってる場合じゃないな。

 これら記者会見の始まる直前の新聞記者たちとの押し問答。この放送を見た国民はどう感じたのだろうか。殆どの家庭で新聞を購読していた時代だから、恐らく首相は孤立させられていたのだろうと思う。

 暗く深く腐臭を放つマスコミに翻弄される時代はもうすぐ終わる。いや、終わらせる。

  

テーマ:朝日新聞 - ジャンル:ニュース

【2009/04/11 03:40】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(20) | コメント(0)
せんじんをわすれてなにをとぞおもふ
出撃を前にして ※ 気がつけば4ヶ月も放置しており・・。ここらでなんとかひとつは更新したいと、先月末から少しずつ編集しておりましたところ・・。なんというか。改正(悪)国籍法の成立、麻生政権の支持率暴落(させられた?)、いやいや、それらを取り巻くこの日本の歪な形相の内側で暮らす日本国民はいつまでもどこを向いているのか。自傷行為を繰り返す己が政界・メディア界を見て「それはおかしい」と叫ぶ声のなんと少ないことよ!

 昨夜のNHK放送「クローズアップ現代」をチラと見た。田母神論文の内容を問題としながらも検証は一切なし。本人不在のままに、まるで言論の弾圧、封殺だった。

 歴史認識について。「歴史の修正主義者を許さず」という声があるが、それを言う彼らは「歴史の偽造者」ではないのか。新たな史料が発見された時点で修正するのは、至極当然なことではないか。修正もせず、いつまでも精度を高めない歴史ならば小説との大差はなく、根拠としての価値もない。 

 先日のこと。北海道が出身だという団塊世代女性とロシアの話になった。歯舞・色丹・国後・択捉を早く返せと盛り上がったのはいいが。筆者が「日露戦争は二度とやりたくはないが・・」と言うと、あろうことか「また負けるに決まってるからね」と言った!

 それこそ、GHQ占領下の時代に生まれた年代の認識がこれなのだ。彼女とは以前も大東亜戦争の話でぶつかった。先人のお陰で今があるということに感謝することも忘れ、まるで違う民族のように悪態をついたからだ。昭和30年代の日本人を描いた映画「三丁目の夕日」を懐かしみ、あの頃は家に鍵をすることもなかったと絶賛しておきながら同じ口で悪態をつく。その矛盾にも気づかないのだ。

 筆者は何度も歴史を知ることの重要性を説いてみた。しかし、いまだに状況は変わらない。「それは見解の相違」だというのだ。見解以前を問題にしているが伝わらない。

 この歴史を知るということ。これは絶大に己を強くする。先人の経験を我がことにできるからだ。これまで悩んだ個人的な諸々が、いかに些細なことであったかがよくわかる。逆に何の気なしに見過ごしてきた重大問題の多いことよ。

 筆者が高校生だったころ。「生物」の教室の黒板に『人間とは何か』という言葉が書かれてあった。白墨で書かれたその言葉は卒業までそのまま置かれてあった。最初の授業で先生は「私が生物を専攻したのは、このことが知りたかったからです。しかしまだよく分かりません」とおっしゃった。

 『人間とは何か』を追求するのも興味深いことだが、まず、あらゆる分野の中でも、たった今の日本人にとって最も重要なのは歴史、特に近現代史を知ることであると思います。

 さて今回の本題について。下にご紹介する動画は、映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」を有志が勝手に販促するものです。そこでこの動画を筆者も勝手に支援したいと思います。まさしく思うところが同じでありますゆえ。動画とともに文章が流れます。文章もテキスト化しておきました。






□)「俺は、君のためにこそ死ににいく」ファンプロモ映像第3弾 - 前編


□)「俺は、君のためにこそ死ににいく」ファンプロモ映像第3弾 - 後編




今、日本が 日本でなくなろうとしています。
日本を壊そうとする 日本人が増えています。
日本の伝統を、日本的精神を 日本の良さを捨てようとしています。
規範と道理を捨て、自分さえ良ければいいと 考える人々がいます。

義務と責任に背を向け 権利と自由だけを欲しがる人々が 増えています。

嘘を真相として喧伝し 事実を歪めて吹聴し
真実を追求する人々に 「右翼」の烙印を 押したがる人たちがいます。

日本を忌み嫌う勢力に迎合して 安易に彼らを利することが「国益」だと
言う人たちがいます。

例え事実でも 問題になることには 蓋をして 触れないことが得策だと
言う人たちがいます。

安全な場所から 先祖や死者に鞭を打ち
唾棄し非難し 責任を被せることが 「日本のため」だと言う人たちが
政治、経済、報道、知識層などに蔓延しています。

彼らは真剣に日本を思う人々や、
日本を心から慕ってくれる国々には 足と背を向け
日本に唾を吐きかけ 卑下する国々に 
土下座して擦り寄っています。

日本を貶めようとする勢力の 言いなりになり 虚構という名の衣を仕立て
自虐という名の汚水に浸して 身に纏い
存在しない 「偽罪人の真心の自首」を演じることで
なんて自分は誠実で素晴らしい行動をしているのだろう と
歪んだ悦に入る人たちがいます。

そんな今、「公」をないがしろにし 「私利私欲」が最優先される
社会の空気を感じます。

そして この国がかつて それまでに前例のない 国難に対峙したとき

自分が生まれた国を 守ろうとしたことが
育った郷土を 守ろうとしたことが
そこに暮らす 家族をはじめとする 愛する人たちを 守ろうとしたことが

なぜか 極悪非道の犯罪扱いに なってしまっているのです。

人の命を救うために 自らの命を賭けることが
無謀で 無意味な犬死にだと
切り捨てられる風潮すら 見られます。

人が人のために尽くすことは 
人として 当然で 普遍的な価値観ではないとでも いうのでしょうか。

守るべきものを 自らの手で守るということを 否定するのは
人として存在する 意味を 捨てているに等しいのです。

「人は、人のために生きてこそ人」
簡素かつ明快な真理ではないでしょうか。

戦後民主主義と 個人自由主義が定着した 一見すると平和な現代。
「公」よりも「私」が 何よりも優先されるようになった 
現代の価値基準を用いて

「私」よりも「公」が重んじられた 半世紀以上前の時代の出来事を
安易に裁くことが できるのでしょうか。

国土が荒廃するほどの戦争に 日本が参戦したことの
是非を問う声は これからも永く続くでしょう。

しかし、もし日本があの時 戦争をせず
欧米による 文字通りの搾取型の 植民地支配を受け入れていたら
こんにちの経済発展は 果たして あり得たでしょうか。

欧米列強による アジアの植民地支配が 鮮烈を極めたその当時。
アジアに残った独立国家は タイ・ネパールのわずか3カ国。 

この最後の3つの独立国の灯火も 
じき消えようとしていた 激動の世界情勢。

まるで狩でもするがごとく アジア・アフリカに領土を広げ
覇権争いに興じた 欧米列強。

当時の白人社会には 有色人種との対等の関係 などという
概念すらありませんでした。

有色人種を 搾取の対象として支配することしか 考えていなかった。

白人社会からの侵略に対して 唯一、真正面から対峙したのが 
かつての日本だったのです。

もちろん 戦争はすべきではありません。
戦争に「善」は存在しません。
そこにあるのは 混乱と絶望と死。
善が悪を裁くのではなく 勝者が敗者を裁くだけでなのです。

生きる希望も 夢見るべき未来も奪う 戦争は
絶対に起こしてはならないという決意を 固めるべきなのです。

しかし こちらが望まなくとも 
相手側の一方的な 理由や欲望によって
争いを仕掛けられることがあるのも 現実です。

もし万が一 巻き込まれたなら その時は
絶対に負けてはならないのです。

そして、文字通り 国と民族の存亡を賭けて 戦いに臨んだ日本。
純粋に信じて 戦いに散った人々。
恐れ葛藤しながらも 出撃した人々。

果敢に職務を果たそうとした 職業軍人たち。
赤紙一枚で 戦場に駆り出された 前途ある若者たち。

無謀な作戦により孤立し 補給も途絶えた 南方戦線で
家族に想いを馳せながら 戦病死・餓死した人々もいます。

真剣に国難に応ずべく 自ら出征した人々もいれば
不本意ながらも 征かざるをえなかった人々もいます。

様々な想いを胸に 彼らを送り出した 家族、恋人、友人。
無事の帰りを 待ち続けた人々。
そして、ついに還らなかった人々。。。

そういう人々と国を 怒涛のごとく 呑込んでいった時代と世界情勢。

果敢に戦いながらも 国としての力を使い果たし 矢弾尽き果てた頃。
もはや 人の命を兵器に込めるしか 手段がなくなりました。

そのような状況で生まれたのが 
生みの親ですら「統率の外道」と認識していた 特別攻撃隊、
いわゆる「特攻隊」です。

自らが手塩に掛けて育てた 若者たちに
特攻を命じざるをえなかった 上官の心情は
いかばかりだったでしょうか。

特攻として 敵艦に突っ込めと 下命された人たちは
心底から死を 願っていたのでしょうか。
たとえ職業軍人であっても 心底から 嬉々として
戦争を望んだ人たちが どれほどいたでしょうか。

彼らは ただ言われたことを実行するだけの
ロボットだったのでしょうか。
国家の意思のままに動く 殺人マシンだったのでしょうか。

彼らの遺した言葉を 丹念に紐解いて 見えてくるのは
愛する人たちへの 想い。
自らと 愛する人々を生み育んだ 郷土、国への想い。

戦争という状況下で なんとかして
愛する人々を守りたいという 切なる願い。

目の前に 守るべき存在があるのに
守るべき道具が 尽きてしまった時。
ならば、自らの命を その手段として捧げよう
と決断した人々。

そしてそれは、自らの確実な 死を 意味していました。

彼らは 様々に悩み 苦しみ 葛藤した後に
その死を受け入れるための 理由を見いだすのです。

自らの命と引き換えるに値する 守るべき存在と その未来、
そして そこに託す希望の光を。

そんな彼らの想いを、踏みにじる人たちがいる。

彼らは 歴史の不幸な一面だけを 切り取り
ことさらに誇張した 偽論を創りだし
自らの利益誘導に 利用する人たちがいる。

日本人自身が すべき日本の戦争総括を
なぜか 日本を嫌う国々に任せたがる人たちがいる。

日本に核兵器を落とした国に 尻尾を振り
言いなりになる人たちがいるのです。。。

さらには 核兵器を使った側より 使わせた側が悪い 
などと言って 憚らない人たちまで出現しています。

「死ねば仏」だった 日本の仏教的、神道的価値観は
いつから「死者に鞭打つ」 儒教的価値観に 
変わってしまったのでしょうか。

感謝すべき人々に 唾を吐き、
主張すべき相手に 媚を売る。

それが、自由と平和と民主主義を 謳歌しているとされる
現代の日本の一面です。

よく 正しい歴史認識を と言われます。
しかし、利害が一致しない国家間で 
同一の歴史認識を持つことは 困難です。

名実共に 成熟した国どうしであれば
互いに 主張すべき点を 押さえたうえで
未来に向かって 相互の利益を踏まえた 
落としどころを用意することが
健全な外交というものです。

しかし、独自の過去にしがみついて
ひたすら傲慢な要求だけを 繰り返し
何が本当で 何が違うのかが わからなく
なってしまっている国々も あるようです。

相手の一方的な主張を 確認も検証も 不十分なまま、
事なかれ主義で 受け入れるだけでなく
真実に基づかないことに対してまで
謝罪と賠償をしている日本。
それが 相互利益だと 勘違いしている人々。

たとえるなら オモチャ売り場の前で
駄々をこねる子供が望むがままに
親が 買い与え続ける家庭が
どういう結果を迎えることになるのか。

自分が 危機に瀕した際に
助けようと 最善を尽くす努力を してくれた人に対して
「ありがとう」と 心から感謝することができない人間が
周囲からどう思われるのか。

私たちには、この日本の 伝統と歴史と 心を、
私たちの子供や 孫たちに 引き継いでいく責任があります。

捏造と歪曲で 汚された日本を
未来の子供たちに 託すわけにはいかないのです。

そのために 知りましょう この国の本当の歴史を。
語り継ぎましょう。 自らの愛する人々と
私たち未来の日本人のために 戦ってくれた人々のことを。

そして 心に刻みましょう。
彼らへの 深い感謝と尊敬の念を。。。

海軍、神風特別攻撃隊 第5筑波隊の 西岡高光中尉が出撃前に
取材に訪れた 作家であり、海軍報道班員であった 
山岡荘八氏に語った言葉を ここでご紹介します。

「学鷲は一応インテリです。
そう簡単に勝てるとは思っていません。
しかし、負けたとしても、その後はどうなるのです。
おわかりでしょう。我々の命は講和の条件にも
その後の日本人の運命にもつながっていますよ。
そう、民族の誇りにも・・・。」

西田中尉出撃の2日後、
中尉の母と兄嫁が出撃した基地に訪ねてきたそうです。
真実を話せなかった山岡氏は、中尉は前線の島に転勤したと告げ
休息所に案内しましたが、そこには「西田高光中尉の霊」が祀られ、
香華が供えてありました。

あわてた山岡氏の耳元に兄嫁が
「母は字が読めません」と告げました。

その場を取り繕ったつもりで2人を控え室に伴い、
お茶が出された時だったそうです。

「ありがとうございました。
息子がお役に立ったとわかって、
安心して帰れます」

山岡氏はいきなり 
こん棒で殴られた気がしました。
文字は読めなくとも、母親の勘で すべてを悟った中尉の母は
丁寧に挨拶し 兄嫁を励ましながら
涙一滴見せずに、立ち去ったそうです。。。





テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2008/12/10 03:18】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(0) | コメント(2)
映画『日本海大海戦 海ゆかば』を 失礼ながら哂う
 ※ いやぁーー・・・。東映映画。舛田利雄監督作品『日本海大海戦 海ゆかば』(昭和58(1983)年)を見ましたよ。うーん・・。なんて言いましょうか・・もう哂うしかないような・・可哀相な・・誰が可哀相って、役者が。いやコレ、脚本を読んでから出演OKしたんでしょうか?・・後悔ないのかなって。ホントに失礼にもほどがあるような酷評になりましたが。そんなに酷いなら見なきゃいいのにって?

 それがね。あまりに突出していて、最後まで目が離せなかったっていう・・。(笑)

 ヘッドホンしてまでしっかり見てしまいましたよ。ある意味で非常に面白かったです。まぁ、お金払って見たとしたら腹も立てただろうし悔やみもしたでしょうが。もし左翼映画の博物館があるならぜひともこの作品を置きたいなと思いました。ただし末席にですがね。あまりに表現がヘタ(モロ)なので。

 タイトルの日本海大海戦でもうお判りでしょうが、コレ日露戦争の話です。東郷平八郎元帥、あの有名なT字戦法でバルチック艦隊を撃滅完勝した海戦ですが、この映画にそんな勇壮かつ誇り高い描写は全くありません。海戦そのものは話の中心にはなく、それは端っこに追いやって・・・主人公の青年兵(軍楽隊)を取り巻く群像・・とはいうものの・・あまりの・・。

 ちょっとネタバレになりますが。あまりにスバラシイセンスノセリフをちょこっと。


○主人公の恋人(娼婦)との痴話ゲンカのシーンで

女「・・・立派に死んで魚のエサにでもなっておいで!」

○ある兵が飼っているネズミの名前が「ネズミ大明神」

兵「ここがどこだかわかるか?(ニヤニヤ)この浴室が死体置き場になるんじゃ(ニヤニヤ)」(生死の)「・・運勢を見てやる(ニヤニヤ)」

○主人公の上官が酔っ払って泣きながら死ぬのが恐いと暴れている

上官 「弾薬庫に火つけて、軍艦なんかぶっとばしてやる!」

○死ぬのを恐がる上官に、主人公が

主人公「国や海軍のために戦うんじゃねえがぁ・・ほんとは田んぼや畑を買うお金のために戦う、それが立派な男というもんだ・・」「国のためでも海軍のためでもねえ、オレは音楽のために命を張る。そして音楽家として死んでゆく。そう決めたら死ぬことなんて恐くなくなった」
  
○戦闘に入る前に好きなものを好きなだけ食えと言われて

兵「うまいもんたらふく食ってあっさり死んだらええんや!」


 海軍の規律はめちゃくちゃ。高利貸しまがいの上官の命令で金の取立てに使われた部下は相手に怒鳴られ殴られ。陸でも艦内でも何かと怒鳴り合い殴り合いのケンカシーンを乱発。東郷元帥に最後の演奏をさせろと直談判する主人公。許可されて演奏した曲がドボルザークの「新世界」。激しい戦闘で三笠はボロボロ。死体とうめく負傷兵のズームアップ長写し。海水のしぶきを浴びながらトランペットで哀しげなバラードをゆったり吹く主人公。勝利の描写は数秒だけで、エンディングにやっと「海ゆかば」が流れるも、すぐにトランペットのバラードでエンドロール。

 映画の中で軍楽隊による演奏のシーンがたっぷりあるのですが、場違いな曲ばかりでアレンジも時代にそぐわない。映画と音楽が全く一致しない。映画抜きで演奏会のつもりで聴けば素晴らしいのですがね。(「ドナウ河のさざなみ」とか)

 これまで色んな戦争映画を見てきましたが、これほど表現に品もセンスも無い映画は初めてでしたよ。そんでもって、もう一回見ようかなって・・不思議な魅力が・・。いやぁーー、映画って、面白いですね!


 で。これずっと残るんですよね。DVDにもなってるし。ありゃー。(赤面)


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【2008/01/22 13:50】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(0) | コメント(3)
果たして人類は平和へと向かっているのか
 ※ 戦前と戦後10年余りの頃の映像です。空襲で破壊される前の映像を見ていて何とも残念な気持ちになりました。これがことごとく焼き尽くされてしまったのだなぁと。

 7~8年くらい前のこと、とある顧客の70代の女性(元教師)に「日本は戦争に負けて良かったのよ!」とヒステリックに諭されたことがありました。何かの話の流れで筆者が「日本が負けていなけりゃ・・」と呟いた時のことでした。

 もう長い顧客でしたので、会うたびに社会のことから政治のことまで会話の範囲は広がっていたのですが、戦争の話は始めてのことでした。立場上、どんな話題でも当然最後は筆者が「そうですね」と笑って終わるのですが、さすがにこの時だけはしょんぼりしてしまいました。

 自分の国が負けて良かったと断言するのはどうかと。いくら戦後教育で育った筆者でも、自国が負けて良かったなどと、これっぽっちも思ったことなんぞありません。正直、びっくりしてしまいました。仕方なく小さくうなづきはしましたが、笑えなくて困りました。

 たら・ればの話になりますが、今になってよく(もしもあの戦争に勝っていたらどうだったろうか)と考えます。

 もしも日本が勝っていたとしたら・・。朝鮮も台湾も日本の統治下にあります。気運を見て独立させたかも知れません。満州国はさらに発展を遂げて親日国であります。大東亜共栄圏が構築され、人種差別的な覇権の時代は終わりを遂げ、世界はそれぞれの文化を重んじながら文明を共有する。そしてひたすら平和な時代へと・・・。

 ってなことを夢想しては現実に引き戻されてがっくり。

 道理の無い国が勝ってしまったがゆえに、嘘がまかり通って世界がギクシャクしているんだ・・。日本が勝っていたら第二次世界大戦が最終戦争になっていたかも知れない・・・かも知れないと。

 あまりにも美しい夢想で笑われそうですが・・こうでもしていないと息が詰まりそうになるんですね。なんだこの現実は!・・・この世界、いまだに人類が平和へと向かっているようには思えない。

 





 □昭和10年~12年の東京 カラー映像
 

 □昭和30年代の風景(投稿者の家で見つかった8ミリフィルム)
 


【2007/11/13 03:58】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(0) | コメント(4)
昭和30年ニュース映画 《終戦十年》
 ※ 昨日からヒストリーチャンネルで【昭和という時代:露木茂のニュース映画で見る昭和】という特集番組が全8回で始まった。ニュース映画とは、映画全盛期(昭和30年~50年代)に映画館で作品の合間に流された短編映画ニュースのこと。筆者にも見覚えがあります。

 昨夜放送の第1回の中で「終戦10年」というタイトルそのままに、戦後10年を振り返る内容のものが流されました。見ていてぜひご紹介したくなり、早速ナレーション部分をテキスト化いたしました。

 聞き取れなかった部分は「○○」で記しました。()内は筆者の説明。映像にかぶせたナレーションですので、映像の変化を想像しながらお読み下さいね。(段落を変えています)





 《終戦十年》

 終戦10周年の8月15日、東京の靖国神社では戦いに斃れた幾多の霊を弔う遺族の姿が見られました。

 仮出所の元海軍大臣島田繁太郎氏(A級戦犯で起訴され終身刑。55年釈放)は、明治神宮で感慨深げな面持ち。(ひざまずき礼拝)

 思えば多難な10年の歴史でした。終戦、そして一望焼け野原となった日本へ、着の身着のままの人々がすし詰めの引揚げ列車で帰って来ました。全てを失った引揚者たちの空ろな目に映るものは、全てを失った祖国の姿でした。

 疎開地に別れを告げる子供たち。

 「・・・・この懐かしい○○の山や川、皆さまの温かいお心は、いつまでも忘れることはできません。僕たちは次の日本を建設するために、○○○・・・・やり抜く覚悟です。では、さようなら」(坊主頭の小学生男子)

 しかし、懐かしい学校は跡形もなく、青空教室で民主主義の第一科を学ばなければなりませんでした。

 あてもなく焼け跡にひしめく人の群れ。ボロボロの列車に鈴なりの乗客。新しく出発した敗戦日本の姿でした。

 取締りの網にかかった闇米列車。すべての人々が味わった、みじめな飢えとの闘いでした。

 いたるところに生まれた露天の闇市。こうして天井知らずの悪性インフレが襲ってきました。

 都会の冷たい地下道では、毎日のように浮浪者が飢えと寒さに死んでいった。暗いあの頃の世相でした。

 (場面は昭和30年へ)

 そして10年、日本は見違えるように復興しました。明るい街角には、スタイルブックから抜け出たような若い人たちが、足取りも軽く行きかっています。豊かになった消費生活を物語るショーウィンドウ、きらびやかな装いは目を奪うばかりです。

 とみに人気を集めてきたテレビジョン。テレビアンテナが、バラックの屋根の上にもめっきり増えてきました。

 かつての焼け跡は、もはや偲ぶ由もありません。

 一方、各地に巨大なダムの建設が進み、総合開発のかけ声もしきりと聞かれるようになりました。

 しかし、水害は毎年のように各地を襲い、計画的な国土建設の立ち遅れを嘆かせています。

 インフレからデフレへ、日本経済の苦しい歩みは、九州・北海道の観光を不況のどん底に陥れました。この痛ましい貧乏物語が書き換えられるのはいつのことでしょうか。

 こうした中で、自衛隊は18万名を目指して増員に乗り出し、すでにかつての日本軍に劣らぬ実力を持とうとしています。

 ここ東京都下、横田のアメリカ軍基地では、8月13日から滑走路拡張のための測量が行われています。平和共存に向かう世界情勢の中で進められる基地拡張。日本の自衛問題を自主的に解決する道は、戦後10年の今日、まだ開かれてはいないようです。

 戦後10年を迎えて、『終戦の証書』に再び頭をたれる人々が見られます。

 また同じとき、鎌倉海岸には、二つの世界の様々な国から集まった人々を迎えて、平和祭が行われました。民族を超えた和やかな交歓の内に、同じ世界平和への願いがひとつに解け合いました。

 見渡す限り美しく揺れる稲穂の波が、戦後最高の豊かな実りを約束しています。しかし、貧しくとも戦後10年の歴史の収穫こそ、真に明日への糧となるものと言えましょう。






 ※ 「靖国神社」に始まり「稲穂」で締めくくられるなど、この時代はまだまだ日本を失っていないと思いました。防衛問題については「自衛問題」と表現した上でいかにも遠慮がちですが、その後50年を過ぎてもなお解決しないことを想像できたでしょうか。

 青空教室の部分、「民主主義を学ぶ」とありますが、日本は戦後になって初めてアメリカから「民主主義」を与えられたと思わせられていたのですね。大正デモクラシーを忘れたか!

 平和祭の部分、「二つの世界」とありますが、これは東西(左右)のことでしょうか。ソ連との国交を翌年に控えていますが、中国とはずっと先(昭和47年)のことです。映像からは、そのあたりの国籍まではわからず。

 この特集は、昭和30年以降のものですが、それ以前のものもぜひ見てみたいものです。それこそ百聞は一見にしかず。

 哀しいかな、ただでさえ、十数年前から徐々に公開された各国公式文書によって、近現代史を書き換える必要に迫られているというのに、日本の中では、一部教育界を含めて未だに頑なに事実に反する歴史に固執するおかしな現実がありますね。

 これら遺された貴重な史料映像の数々を、衛星放送だけではなく地上波の局が、小細工・偏向なしに素直に放送される日はいつになることやら。下らない番組ばっかり流さないでさ。


 
【2007/11/06 09:49】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(0) | コメント(0)
『ALWAYS 三丁目の夕日』
ALWAYS 三丁目の夕日

 ※ 機会さえあれば何度でも観たくなる映画。もう10回くらいは観たかな。でもこの映画を観ていると寂しくなっちゃうんですね。もう戻らないあの頃。

ALWAYS 三丁目の夕日

 路面電車、ちんちん電車って呼んでましたね。音が聞こえてきます。ミゼット、オート三輪、ときどき田んぼに落っこちてましたね。たまにしか車が通らなかったからかな、排気ガスの残り香が好きで深呼吸してた。今じゃ考えられないですね。

 この映画を見ると、いろんなことを想い出してしまい、同時に今の日本を想い泣けてきます。何で涙が出るのか複雑過ぎて・・・。

 かといって同じシーンで同じように大笑いしてしまう。あー、いたいた、こんな人いたよ、とか。タバコを買うシーンを見て「お笑い三人組」を想い出し、猫八や小金馬、もうひとり馬面の講談師、そしてタバコ屋の看板婆ちゃんのスゴイだみ声が聞こえてくる。映画では“しんせい”を買うのだが筆者には父の好きだった“いこい”が見える。

 お兄ちゃんといっしょに作ったゴム稼動の飛行機。あんなにふわ~っと飛ばないよ、シャーっと飛んだよ、やっぱり映画だなとか。そういや割り箸でゴム鉄砲作ったな、竹鉄砲に新聞紙を噛んで丸めた玉込めて、ポンーっと撃ったな、とか。

 映画に集中するというより、そんなこんながうわーっといっしょくたになって脳裏を駆け巡る。合間に(安倍さんも好きだって言ってた)とか思い出すともう現状が情けなくなるやらで、わけの分からない涙があふれてくる。

 続編が公開されるんですね、楽しみです。映画館で観る度胸はありませんが。(笑)

 「もはや戦後ではない」と云われたあの時代。まだまだ誰もが戦争の傷を抱えていた。アクマ先生が酔いつぶれて空襲で亡くした妻と娘の夢を見るシーン。独りで陽気に振舞うタバコ屋のおばちゃん。たまらなく辛いですね。でもみんな強く生きようと頑張ってた。

 口減らしに家を出されたと思い込むロクちゃん。鈴木オートの父さんはでっかい夢を持っている。

 「いつかでっかいビルヂングだってできる!」

 「ところがね、建ち過ぎて人の心が荒んでしまってどうにもなりません」と、つい声が。画面の向こうとこちらの境が外れることしばしばです。

 最後のシーン。夕日に浮ぶ風景の中をミゼットが走る。その時、恐ろしいことを想像してしまった。

 こんなダメな日本、もう一度焼けてしまえばいいんだ。

 ほんの一瞬ですが妄想してしまいました。ここまで落ちると一からやり直してもらいたくなってしまう。やり直せるものならば喜んで犠牲になるよ、と思った。でも、それが現実ならば、日本の終わりなんですね。だから一瞬だけ。一瞬だけで目が覚めた。

 さあ、ロクちゃんたちに笑われないよう頑張ろう。明日は明日の風が吹くー。あのシュークリームだって、いくらでも食べられる時代になったんだ、ビルヂングだっていっぱい建ってる。肝心の日本人がへこたれちゃいけないね。じゃなきゃ、

 「ショーユ飲んで死んじまえ!」



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【2007/11/03 06:19】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(0) | コメント(4)
しゃばだば近代国史帖


日本の近現代史の中から、主に感動エピソードを拾い集めてみたい。ゆっくりゆっくりですが。個人的には備忘録(メモ)のつもりです。

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この道を、どんな日本人が歩いていたんだろうと、ついつい想いを巡らせてしまう今日この頃です。
いろんな感動エピソードに出会ったけれど、記憶力が悪く片っ端から薄れてしまうので、思い切ってブログに挑戦することにしましたとさ。

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