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ドキュメンタリー映画 『台湾人生』 - 解けない数学
※ お待ちかね、ドキュメンタリー映画『台湾人生』の報告です。

「台湾人生」のチラシ http://www.taiwan-jinsei.com/


 初日はどうしても都合がつかず、2日目(6/28)の日曜日に友人と二人で行って来ました。この友人は、筆者とは違って「台湾」と聞いてもいつもさしたる反応はなかったので、誘いに乗ったこと自体にびっくりでした。誘ってみるもんだ。(笑)

 もちろん前もって、日本語世代の方々を追ったドキュメンタリー映画であるということは伝えましたが。殺人的多忙な人だから、即答で断られると思っていたんですよ。たびたび台湾の話を聞かせていたことが効を奏したのかな?

 会場の『ポレポレ東中野』は、以前住んでいたマンションから歩いて1分足らずのところにあり、10数年ぶりの懐かしさでした。よく通った「定食屋」が無くなっており、なかなか開通しなかった大江戸線の駅が出現し、東中野には不似合いな高層マンションがそびえ立っておりました。

 そういえば・・と、よく飲んだ帰りに立ち寄った、台湾人夫婦の美味しい餃子の店も消えていた。これはホントに残念。注文してから目の前で餃子をささっと包み焼いてくれるのです。カウンター5席ほどの狭い店で、赤いタレの味が絶品だった。「台湾からタレが届いたよ~」と、あの笑顔に会いたかったなー。


ポレポレ東中野


 上映の40分ほど前に到着、わらわらと人が吸い込まれてゆくのを見て、なんだかみんな知り合いのような気がしたのは筆者だけかな。まさか閑古鳥が鳴いてやしないかと一瞬でも心配した自分を哂い、早速地下のシアターへ向かった。そんなことよりチケットがあるかが心配になったのだ。

 あー、こんな話より本題ですね。実は、この映画、強烈だったのですよ。これがドキュメンタリーの凄みなんだなと、いまだに筆者の脳裏で何かが渦を巻いてます。それで、考えがまとまらず、なかなかブログに掲載できなかったのです。

 鑑賞中は、ストーリーのある映画でもなし、面白さを感じる場面もたいしてあるわけじゃなく、ただただ、台湾なまりの聞き取りにくい日本語を追うのがやっとだったのです。生活背景の全く違う5人の“日本語世代”の人生の断片が或る時系列で行ったり来たり、時には交差するように語られる。

 彼らの溢れんばかりの胸の内を聞いて、聞いて、一方的に聞いているうちに、映画が終わる。でも、これは単なる映画ではないのです。これはフィクションではなく、ファクト。ドキュメンタリー映画は、実は観終わった瞬間から始まるのですね。

 会場を出た私達は、そのまま別れる気になれず、とりあえず食事を兼ねて喫茶店に入った。奇妙に疲れた気持ちを静めたかったし、何かを納得したかったのだと思う。そこで友人に感想を尋ねてみた。

 友人は、あまりよく分からなかったと言い。途中すこし居眠りをしたのに涙も出たと不思議がっていた。

 筆者は、これが友人の正直な感想だと思った。語りの半分くらいは聞き取りにくく、歴史的背景をよく知らないと理解し辛く、よほどの興味がなくては中だるみするのも致し方がないと。でも、涙が出たんだな。筆者は全く出なかったけれど。筆者は必死で聞き取ろうとしたこともあったが、或る違和感もあったからで。ただし、噛み砕くにまだまだ時間が欲しかった。頭の中をぐるぐると、色んな思いがめぐっていた。



 5人の表情から伝わることは、「自分達の気持ちを日本と日本人に伝えたかった」という必死な思い。それは、懐かしさであったり、恨みであったり、疑問であったりと、どうにもまとまりがつかない思いだ。

 過去の日本への感謝の気持ちと、敗戦と同時に理不尽に「捨てられた」戸惑いと悔しさが、それぞれの人生にくっきりと残る記憶と絡んで、絡みこんで、考えれば考えるほどにもつれ込んで、それがどうにも「解けない数学」のようで苦しいのだ。

 筆者はね、観ている間ずーっと思っていたことが「戦争には絶対に勝たなきゃならない」ってことだったんですよ。終わったことですから、もうどうにもなりませんがね。

 どうにもならないが、せめてあの戦争をきっちり総括することですよね。日本はまだ、しっかりと向き合っていないし、どこか他人事のように済ませてしまっている。そのせいで、日本は鬱病のようになっているのだと思う。

 最近になっても原爆症をめぐっての訴訟がありましたね。なぜか原爆症についてはタブーのようで、64年を過ぎてもゴタゴタするのです。原爆症でなくとも、癌で亡くなる人は多いというのにです。また、原爆を落としたのは日本ではなく米国であるというのにです。日本は病んでいるとしか言いようがない。

 未だ病んだままの日本だからこそ、あの元台湾系日本人たちに何も言えないし、何もしてあげられないのだと思うのです。“解けない数学”は、日本の病が生んだ状況であると言える。

 ドキュメンタリー映画『台湾人生』を推奨します。かつての同胞である彼らの人生は、我々日本人の片割れだ。



上映後、観客に囲まれる酒井充子監督
☆上映前にスタッフに写真撮影の許可をお願いした、なんとその人が監督であったのです。ペコリ。



  
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テーマ:ドキュメンタリー映画DVD - ジャンル:映画

【2009/06/30 08:13】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(1) | コメント(1)
鳩 巣へ帰る
※ この1週間というもの、ずっと浅川マキに浸っていた・・というわけではありませんが。(笑) 正直、あの「鳩の乱」には困惑を超えて失語症気味になりましたよ。まず最初に思い浮かんだことが、「鳩め、とうとう本性を現しおったか」でした。

 総裁選のたびに麻生さんの側近としてぴったり寄り添う弟鳩を見ていて、当初からどうしても違和感が拭えなかった。なぜ麻生さんに寄り添うのか、どうしても合点がいかなかった。そういう人は少なくないのではないかと思います。

 まずは鳩山一郎の家系だということ。かつて自民党から兄弟ともに離脱し、その後兄弟で民主党を立ち上げた96年、その時のニュース映像が頭から離れなかったのです。頬を紅潮させた兄弟鳩、二人並んでの記者会見。母から、鳩山一郎の孫なのだから民主党を再興(?)するのは必然、と激励されたとかなんとか言っていたように記憶しています。

 その後、弟嫁を兄鳩が誹謗したとかで兄弟ゲンカ勃発。それが原因で弟鳩が民主を離党、自民党に戻ったという事件があった。この時も不思議でしょうがなかった。悪口の応酬はしばらくテレビや週刊誌を賑わしてましたが、なんでそんな身内のゴタゴタを表面に出すのかも疑問だったし、そもそも弟嫁が気に入らないからと、兄弟がケンカするという構図がアホらし過ぎるでしょ。

 まあ、離党の原因は他にあったと考える方が自然ですが。例えば自爆消滅した社会党議員の民主への合流に嫌気をさして、というのなら分かる。(笑) しかし、あの頃はあくまでも兄が自分の嫁を侮辱したからだということでしたよ。(噴飯)

 そんな不思議の兄弟鳩。言動においても、どこか人間離れしたところは似ています。だから、麻生さんに寄り添う弟鳩を見ていて、何を妙にまともなことを・・・との違和感が拭えなかったのです。ま、兄鳩に比べれば誰だって「まとも」に見えるのかもしれませんが。

 で、最近で強烈に不思議人間を再確認させられたのが、「友だちの友だちはアルカイダ」発言。それもバリのテロを知らされていたと言ったから仰天でした。その内容もですがそれ以上に、発言したこと事態にビックリでした。政府要人の発言することか?しかも自慢げに。

 だから、どうしても手放しで弟鳩を信じることができなかった。

 そして、このタイミングでの「乱」です。かんぽの宿をめぐっての胡散臭い事案については、うやむやにされている感はありましたが、何も麻生政権を揺るがしてまでごり押しする意味がどこにあるのか。麻生首相を支える立場の内閣の一員が直接、刃を向けたのです。しかも、この政局の微妙な時に。

 麻生首相の支持率が緩やかな回復傾向にあった、この時点での弟鳩の行動は、まさしく叛乱です。麻生政権の息の根を止める意思があってのことだと筆者は考える。 

 この事態を喜んだのは誰ですか? テレビも民主党も、嬉々として麻生さんを口撃していますが、自民党内部の内紛には呆れるばかりです。自分の首を絞めて喜んでいる。しかも、「大政奉還」という言葉を使って、まるで自民党麻生政権が幕末の徳川幕府扱いです。麻生首相が、「どこへ奉還するの?」と言われるのは当然で、大政奉還とは朝廷への奉還という意味ですよ。しかも民主党へ政権を渡せと同義ではないか。

 「正義」という言葉を使い、「大政奉還」という言葉を使い、これはイメージ戦略ですかね。麻生首相に正義がなく、民主党へ政権を奉還せよとは、開いた口が塞がりません。

 鳩山邦夫よ、お前はこれがやりたかったのか?その時期を伺い、麻生首相のそばに潜伏していたのか? 総選挙で自民党を沈め、正義の第三局という美名のもとに、保守の支持層をかく乱するのが目的だったのか?

 筆者も、今の政界の混濁を打開するための政界再編を望む者ですが、鳩はゴメンです。鳩は兄弟そろってゴメンです。鳩山邦夫の乱は売名行為。口が過ぎる。自分を褒めて相手を貶めるという手法は、「お笑い」だけにしろと。

 結論。鳩山邦夫は、鳩山由紀夫よりはちょっとマシ。あ、これ、評価がちっとも変わってない。(笑)

 ところで、麻生支持の皆さん。麻生はブレると誹謗されますが、ブレませんよ。ブレるのは支持者の方です。鳩に釣られて迷子になってやしないか? と、筆者は少々心配。早く帰っておいで^^

 ブレというなら、鳩山邦夫のブレ具合こそが日本人離れですよね。

  

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

【2009/06/21 18:12】 | 【筆者雑記】 | トラックバック(0) | コメント(2)
こんな夜には浅川マキで ジンをもう一杯



※ こんな夜ってどんな夜だ?という突っ込みはなしでお願いします。(笑) マキさんの曲はほとんどが名曲、ほんの2~3曲で止まるわけがなく、歯を食いしばって9曲にとどめました。あと1曲は残念ながら幻、youtubeのどこにもなかった「あの男(ひと)が死んだら」。曲名にドン引きされそうですが、聴くと必ず幸せ気分にひたれる曲でした。よって、欠番にしておきましょう。

 筆者がマキさんに心酔したのは70年代、寺山修二の作詞・演出の頃でした。大阪万博の年に「夜が明けたら」でデヴュー、それ以来、今でも彼女をしのぐ歌手は見当たらない。海の向こうのマヘリアだけ。アルバムは絶版。youtubeさまさまです。
























 ↑『それはスポットライトではない』、つのだ☆ひろほどの迫力がないとマキさんとは渡り合えません。つのだじろうはひろの兄。






テーマ:心に沁みる曲 - ジャンル:音楽

【2009/06/14 20:32】 | 【動画】 | トラックバック(0) | コメント(0)
自衛隊歌 - 『男の群れ』



『男の群れ』 作曲:佐久間裕

 男がいる 男がいる
 泥にまみれた 男達がいる
 平和を願う 男の群れさ
 誰もが 生まれた ふるさとの
 幸せ支える 男の群れだ

 男がいる 男がいる 
 潮にまみれる 男達がいる
 平和を守る 男の群れさ
 愛する妻子よ 父母の 
 我が祖国 見つめる 男の群れだ

 男がいる 男がいる
 空を翔けてく 男達がいる
 平和を宿る 男の群れさ
 遥かな友達 恋人の
 純情支える 男の群れだ





※ 自衛隊歌『男の群れ』の合唱です。これは圧巻。日本の平和ボケを陰で支える自衛隊の勇姿。ええ、これはイヤミですよ、野党へのね。自衛隊の海外派遣に反対し、集団的自衛権も認めず、9条を守って国を守らぬ本末転倒の政党に、国民の生活を云々する資格はない。

 自衛隊は、政治がどれだけ混迷しようと、無知な国民に理不尽に辱められようと、日々を国の守りに徹してくれている。過去も現在も未来も、兵隊さんのお陰で、国民は昼寝ができるのだ。

 ちょっとムキになってしまいました。この歌を聴いていて、ムキになってしまいました。

 この歌、本当は3コーラスのようですね。ここでは、2コーラスで終わってますが、陸海空のフルコーラス歌ってほしかったですね。オープニングのあと、すぐ歌が始まります。推奨です!

テーマ:合唱 - ジャンル:音楽

【2009/06/14 02:13】 | 【動画】 | トラックバック(0) | コメント(1)
台湾の “日本語世代” に逢いに行こう!
映画 -- 『台湾人生』の予告動画

 

   台湾人の
   悔しさと
   懐かしさと。

   本当に解けない数学なんです。


 
酒井充子監督作品
撮影:松根広隆 
音楽:廣木光一 
編集:糟谷富美夫 
プロデューサー・録音:田辺信道 
制作:協映 
支援:文化庁 
配給・宣伝:太秦 

【監督メッセージ】 
 台湾の日本語世代のみなさんにお会いするたびに、背筋がピンと伸びる思いがし、自分が日本人であるということについて考えさせられます。日本に統治されていた時代に多感な青少年期を日本人として過ごした日本語世代の存在は、台湾だけではなく、日本の歴史の一部として記憶されるべきだと思います。

 彼らは日本に対する複雑な思いを抱えたまま、長い道のりを歩んできました。その思いに向かってカメラを回しました。五人の登場人物へのインタビューはすべて日本語です。みなさんは、繰り返し問いかける私に根気強く向き合い、優しくときに厳しく語ってくれました。

かつて日本人だった人たちの声を聞いてください。ほんの一部ではありますが、日本が台湾でしたこと、今の日本が台湾にしていないことが浮かび上がってきます。そしてなによりも、時代にとらわれることなく、自分の人生に誇りを持って最後まで生き抜こうとする一人ひとりの姿を、尊敬の念を持って受け止めていただきたいと思います。



  『台湾人生』公式サイト
 上の予告動画はトップページにあるものと同じ内容です。


【youtube台湾関連ピックアップ】 
 新台湾と日本
 戦後に台湾にやってきた大陸からの外省人から “日本ゆかりのもの” を守り抜いた台湾の人達。
 台湾・日本統治時代の古写真
 台湾の日本時代の写真集です。BGMは大河劇(徳川慶喜)を使っ ています。
 米国から見た日本の台湾統治~「知られざる台湾・台南市」より
 2008年米国ディスバリー・チャ ンネルによって制作された5回シリーズ「知られざる台湾」の一部。

                                                   
 「台湾人生」のチラシ


 《劇場情報》

日 時 : 2009年6月27日(土)より 10時40分~
会 場 :ポレポレ東中野(モーニングショー)
 
日 時 : 2009年8月1日(土)より
会 場 :横浜ジャック&ベティ

《その他予定劇場》
函館 :シネマアイリス
札幌 :シアターキノ
新潟 :新潟シネウィンド
愛知 :名古屋シネマテーク
大阪 :第七藝術劇場
沖縄 :桜坂劇場








 。゚.o。ヾ(o≧口≦嬉)ノ。゚.o。

キ キ
  ーーーーーーー!!!!!





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【2009/06/04 16:14】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(34) | コメント(2)
盧武鉉とは如何なる大統領だったのか
※ 盧武鉉前韓国大統領のご冥福を祈りつつ、以下に引用の大磯先生に同意。氏の自殺の一報が出た時に筆者の頭をよぎったものは・・ここには書きませんが、いまだ報道が錯綜してますね。ひとつ言えることは、お亡くなりになったことを非常に残念に思っております。



 話が変わりますが、鳩山民主党代表との党首討論が終わりました。想像通りでしたが、真摯に討論をという姿勢の麻生首相に対して、鳩山代表はそこには知らんぷりを決め込み言いたい放題、学級崩壊ならず討論崩壊の様相。首相が言ってもいない言葉を言ったかのような断言を繰り返して、印象操作に徹してました。おそらく、今後の報道での“切り貼り”を意識してのことだと思われます。 

  麻生太郎vs鳩山由紀夫 2009年5月27日党首討論 発言全文

 しかし、こうも相手の話をなかったことにして、或いは、あったとして、批判の“物語”を瞬時に創作できる能力というのは、どういう精神構造なんでしょう。まあ、こういう手法は国会を見ていれば、野党揃い踏み(改革クラブ以外)でやっており、いつも筆者の脳みそを、?!!???マークで充満させてくれますが。

 筆者ならたぶん発狂状態、いや聞いているだけで発狂しそうになるので、生涯出来ないと思います。言ってもいないことを「何てことを言うのか!」と批判なんかできませんよ。そして指摘されても無視、批判しっ放し。多重人格というか、脳みそが複数あって、スイッチを瞬時に変えるとかしないと無理!げにおそろしや。息を吐くように・・・、ですかね。あー。マスコミもそうでしたね。ていうか左派揃い踏み。絶対にマネできんわ。

 あまりといえばあまりの党首討論でしたが、またやってもらいたいです。どんどんやって欲しい。鳩山代表の言質をたっぷり残すことは好いことです。それと、妄言吐きまくったあと、仲間たちにニコニコで迎えられ労ってもらってたシーンも。ネ。



 ちょっと道草食いすぎました。大磯先生のコラムをここに記録しておきたかったのです。およそ月一のペースで掲載されてますので、興味をもたれた方にはぜひバックナンバーも推奨です。ではどうぞ。

 

 


□ 国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.121
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/5562/column/latest121.html
平成21年5月24日

       反日韓国を完成した盧武鉉大統領の末期(まつご)

 5月23日早朝に自殺した前の韓国大統領は、韓国にとって最低最悪の大統領であった。日韓両国でそう認識している人は決して少なくないはずだ。

 死んだ人を鞭打たないというのが日本の文化であり、つい1年前まで隣国の大統領だった人物ならなおさらというのが普通であろう。

 しかし我が国の公人は別として、日本国民としては哀悼の意を表した上で事実は事実として確認しておくべきである。それは、この大統領が韓国民を反日の極にまでマインドコントロールした張本人だったということだ。

 一般にはその前の金大中(キムデジュン)大統領から左派政権が10年続き、北朝鮮寄りの太陽政策が推進され、反動で日米には厳しく対するという時代になったとされる。しかし実際には、日本に対して高飛車に出る政策は更にその前、文民政権初代の金泳三(キムヨンサム)大統領から公然と打ち出されていた。

 金泳三氏は日本の歴史認識を大きな問題とし、中国の江沢民国家主席との会談で、「悪ガキ(ポルジャンモリ)はしつけ直さなければならない」と焚きつけたことで知られる。おそらくマッカーサーが「日本の民主主義は12歳」と言い放った有名なフレーズを、うろ覚えのまま悪用したのだろうと思われる(日本人は、ではない、為念)。

 この時代から数えても三代15年間、韓国の指導者は自国民に対し、日本を子供扱いし、歴史を歪曲する日本右翼に抗議するのが愛国だと教え、加速度的に何もかも日本が悪くて自国は正しく、現在の諸問題の根源はすべて過去の日本にあると責任転嫁してきた。

 自殺した盧武鉉氏は、そうした日本敵視の集大成をやってのけた大統領である。

 当コラムで指摘したことがあるが、外国での演説で「日本の存在自体が世界の不幸だ」とまで極言し、一国の指導者としての資質と彼を大統領に当選させた韓国民のレベルを疑わせるに至った。

 竹島を不法占領していながら逆に国民感情を煽り続け、はては日本海の名称まで不法だとして世界に抗議を繰り広げた。ネットで常時「日本海 Sea of Japan」を検索して「間違いだから東海に直せ」と申し入れる政府機関を創設した。

 そして究極の愚行は、歴史的に日本と協力した過去の政治家を調べ上げ、その子孫から資産を没収するという法律を制定したことである。これはもう法治国家とは言えず、前近代への逆戻りというしかない。民主主義かどうかという以前のレベルである。

 しかし韓国では、ほとんどの大統領が退任後に横領などの罪に問われていることからして、韓国独特の「反近代」的な土壌があるのだと考えざるを得ない。

 また同氏は大学進学せずに弁護士となるなど教育が偏っており、漢字や英語で多面的な政治、歴史などを学んだことがないのではないかと疑われる。

 同氏は在任中に妻が600万ドルの資金提供を受け、その一部が子息のアメリカ留学資金に充てられたのではないかという容疑をかけられていた。
 これは金大中大統領が5億ドルを私的に調達して北の独裁者に贈り、その見返りに首脳会談をしてもらったのに比べると、金額が小さすぎるという感じが否めない。

 盧武鉉大統領も、別の目的でもっと多額の裏金を必要としたのではないだろうか。同氏の死で捜査が終了し、すべてが闇に葬られるとしたら、いちばんの被害者は韓国の国民ということではないだろうか。

 当コラムでは3年前、「反省しない国民性」を批判した(「憂慮すべき韓国の夢想自大主義」06/01/14)。左派教育が浸透した韓国で、前大統領哀悼の盛り上がりが中道の李明博(イミョンバク)現大統領に対してどういう方向を要求することになるのか、日本もアメリカも無関心ではいられない。

 マッカーサーが今日の韓国を見たら、何が何歳と評するだろうか?
(おおいそ・まさよし 09/05/24)

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

【2009/05/27 17:48】 | 【演説・講演・論文・コラム】 | トラックバック(0) | コメント(6)
日本語で歌うナッキンコールでマヘリア想い出した!

http://www.youtube.com/watch?v=vQW6EzBZ5Vg

※ ナッキンコールの『L-O-V-E』日本語バージョン。

 ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919年3月17日 - 1965年2月15日)はアメリカアラバマ州モンゴメリー生まれのジャズ・ピアニスト・歌手。 本名:ナサニエル・コール(Nathaniel Adams Coles)、「キング」は愛称。 往年のファンや洋楽通からはナッキンコールと呼ばれることが多い。活動期間 1930年代-1965年
 娘は歌手のナタリー・コール。1991年に父親の声をオーバーダビングさせたデュエット曲「アンフォゲッタブルUnforgettable)」をヒットさせた。 【出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』】



 心がほんわかほぐれる癒し系ボイス、かつてシルク・ボイスと表現されてましたね。日本語の発音も驚くほど美しい。筆者はやはり言葉のはっきりしたボーカルが好きです。声質と発音の良さが好みに大きく影響している。筆者にとってのボーカルは、楽器と同等ですからね。人管楽器とでも呼びましょうか。(笑) 声のトーンやその発音からも人間性が伝わってくるような気がします。

 心地よい音楽を聴くと癒されますね。筆者の若かりし頃は、ことのほか黒人音楽が好きでした。「好きでした」と過去形なのは、いつの間にかすっかり音楽を聴くという習慣が薄れてしまってるんですね。最近でいい曲だなぁ~と思ったのは何だろう???(すぐには思い出せないほどで・・orz)

 若かりし頃かじった音楽の記憶で心元ないのですが、黒人音楽であるジャズのルーツはブルースですね。で、このブルースのルーツは黒人奴隷の間で密かに歌われたワーク・ソングでした。「密かに」とは、その時代の奴隷は歌うことすら禁じられていたからで。 

 例えば南部で盛んだった農地開拓のために森の木を伐採するのは黒人奴隷の仕事で、黒人たちは斧を振りかざして大木を倒すわけです。何度も何度も振り落とす斧の音に合わせてワーク・ソングが歌われた。(これらの音源も残ってます)彼らは日常の断片を声に乗せて、重いストレスを僅かに発散させていたといいます。意味合いは全く異なりますが、日本の田楽、田植え歌のような感じでしょうか。

 当然、曲としては、歌うことは禁じられていたので、イザとなれば誤魔化しが効くよう、歌詞に込める言葉は稚拙で短く、リフレイン多用の最小サイズでした。それがやがて一つの形式として進化し、12小節のメロディー構成(A/A'/B/A")、3コードのブルースが生まれた。

 しかし、そのなんでもない単純なフレーズが繰り返されるや、彼らの背景・境遇と相まってなんとも深い感情が押し寄せてくる。これまた背景が全く異なるけれども、俳句や短歌と相通ずるようなシンプルでいて深い味わいがあるのです。たとえば、適当に作ってみますが・・・

 あの娘が 行っちゃったよぅ~
 あの娘が 行っちゃったよぅ~
 夜更けにまぎれて 荷馬車に揺られて
 あの娘が 行っちゃったよぅ~

 こんな歌、筆者が歌っても誰も聴く気になれないでしょうが、奴隷制度撤廃前後の黒人が歌えば、全く意味合いが違ってきます。荷馬車に揺られる娘が人身売買で引き裂かれた恋人だったりする。アメリカの奴隷制度は、リンカーンの宣言と南北戦争の終結により全撤廃(1865)された。しかし、黒人への酷い人種差別はその後も続いた。(1964年の公民権法制定で初めて黒人に人権が与えられた)

 筆者が中学生の頃、米国での高視聴率TVドラマとして放映(たしかTV朝日?)された『ルーツ』を、深夜にもかかわらず家族そろって夢中になり観た記憶があります。学校に行けば『ルーツ』の話題で休み時間が消えたものです。(今考えると「差別」「同和教育」の下地のためだったのか?朝日だけに)

 何代にも亘る深い悲しみを越えて秘めて、黒人たちは軽くブルースを歌い陽気にジャズを奏でた。その音楽はやがて白人社会の対黒人偏見をも変えていく。その後も、リズム&ブルース、ゴスペル(黒人霊歌)、ロック、フュージョン、レゲエと、影響は広がり続け、今やアメリカ音楽を席捲するまでになった。(レゲエはジャマイカだけれど)

 これも筆者のつたない記憶によるものですが、黒人の声質は細胞の密度が違うからなんだそうで。白人の声質と全く違うことは、映像がなくても黒人の声は分かりますよね。黒人に近い声がフィリピン人だったり(これは筆者の主観)するところから、肌の色に比例するのかなぁと思ったりします。

 因みに、腹式呼吸の苦手な日本人は、日本語や国土の狭さが影響しているという話を本で読んだことがあります。それはもうDNAにまで記憶されているかも知れないとかいうもので、日本人の赤ちゃんと英語圏など腹式で発音する言語圏の赤ちゃんとでは産声から違うといいます。ほんとかなぁ。(笑) 日本語はひそひそ話しがしやすい言語なんだそうですよ。
 
 話がずいぶんそれてしまいましたね。それついでに、筆者が最も好きな黒人歌手はマヘリア・ジャクソン(ゴスペル歌手)で、これまた大好きな浅川マキに「おっ母さん」と呼ばしめたお方であります。

 下の動画はナッキンコールの娘であるナタリー・コールの『アンフォゲッタブル』、亡き父のヒット・ソングをその音源と重ねてのデュエットです。(坂本九ちゃんの娘さんもやってましたね)
 
 おっと!ナッキンコールとマヘリアの共演動画がありましたよ。マヘリアの歌にナッキンコールがサブで少しだけ合わせています。けして前に出ないでサブに徹して。たぶんこれは即興だったのでしょうか。

 実はマヘリアの歌で筆者にとって最高だった1曲を探していたのですが見つからずで・・、彼女の良さが凝縮された1曲だったんですが残念。アルバム『世界は平和を求めている』もとっくの昔に絶版のようでググっても引っかかりもしない・・orz。曲名もアルバムを知人に貸したまんまにしているので正確には思い出せない・・返してもらわにゃ・・(汗) で、次曲をと思いましたが、記事の流れでいけばコレですよね^^

 マヘリアの良さはバラードはもちろんですが、ビートのきいたアップテンポのものも凄くて、そのリズム感とシャウトの効いたブルーノート、太く艶のある声と、マイクを1メートル離しても通るほどの圧倒的な声量にあります。ああ、マヘリアのことになると止め処もなくなりそう・・ここいらで止めておきましょう、ハイ。


http://www.youtube.com/watch?v=T1K-15eQTns


http://www.youtube.com/watch?v=-O5hz5KnSdc&feature=related



テーマ:懐かしの洋楽映像 - ジャンル:音楽

【2009/05/10 07:13】 | 【動画】 | トラックバック(0) | コメント(0)
意志ある者が難局を克服する - 麻生太郎

http://www.nicovideo.jp/watch/sm6965824
☆↑(推奨)右下の「ふきだし」マークをクリックでコメント消せます。
http://www.youtube.com/watch?v=QrMH6jTgqYE


※ お待ちかねの動画。【「危機をチャンスに変えろ」(後編)~予算編成の舞台裏】がUpされてました。この作者はプロではないのかな。今回も完成度高くて眠気吹っ飛びました^^ それにまたまた知らなかった事実が目白押しで、麻生総理の偉大なこと目の当たり、思わず正座でリピートでしたよ。

 何度も言いますが、マスコミはなぜこういう重要報道を流さないのか。まあ、そのうち地デジに変わっても、このまんまのテレビではますます衰退の一途なのでしょうが。

 もしや前編をまだ視聴されてない方は、下の動画を先にどうぞ^^ 



http://www.nicovideo.jp/watch/sm6782142
☆↑(推奨)右下の「ふきだし」マークをクリックでコメント消せます。
http://www.youtube.com/watch?v=Bb4YROZJcow

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

【2009/05/07 13:33】 | 【動画】 | トラックバック(0) | コメント(4)
日本をそっとしておいてね

http://www.nicovideo.jp/watch/sm5714644

※ 昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約(前年9月8日)の発効により日本は独立主権を回復した。よって本日4月28日は祝日であるべきはずなのですが、謙虚(???)な日本人は平日扱い。せめて翌日の昭和天皇誕生日とともに昭和を偲びたい。

 上の動画は『君が代』演奏2バージョンです。2つ目の邦楽版があまりに素晴らしいものだから、ぜひとも多くの人に聴いてみて欲しいと推薦しました。邦楽の音色に心が清められ。(画面が反応しない場合は下部URLへ)

 そして下の動画(URL)は「ちょっと前の日本人・・・」、この記録映像も推薦せずにはいられない^^

http://www.nicovideo.jp/watch/sm6701231
 

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/04/28 05:35】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(0) | コメント(2)
「マスメディアはフィクション」を流行語大賞に!

☆(推奨)右下の「ふきだし」マークをクリックでコメント消せます。


※ 国家ネガティヴキャンペーンの為ならエンヤコーラと日々、捏造・ミスリード・二枚舌・サブリミナルと何でも有りのアカラサマ・マスメディアですが、中でも文字通り見逃せないのは「意図的に事実を報道しない」という捏造にも匹敵するような手法です。

 上の動画、『解散総選挙☆特別企画「危機をチャンスに変えろ」(前編)~G20 舞台裏』を見ると、そのソースの殆どが「一次資料」で編集されてありました。それと同時に、それらの事実はマスメディアでは殆ど、もしくは全く報道されていないものばかりでした。

 これが意味するもの。・・・・・・爆笑!w

 前回のエントリーの落語が、いまだに離れなくってごめんなさい。><

 もう、めんどくさいから「マスメディアはフィクション」ってことで! やはり、情報はネットでなきゃもう信頼性ゼロってことでいいですかね^^ これからも地道に、ネット情報を世間に拡散し続けると。と同時に田植えもコツコツやると^^

 ところで、上の動画の完成度たるや目を見張るものがあるというか、これぜひ映画化してもらいたいですね。どうですか、こういう類の上質動画がどんどんネット上に蓄積されてますけれども、もったいないですね。こんな映画がいつか上映されれば、もう真っ先にバスタオル持参で観に行きますがね!

 ん? そんなプロジェクトがどこかで始まっているような匂いがしますが、気のせい・・? これ、筆者の予知?妄想??

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

【2009/04/21 00:19】 | 【映画・記録映像・動画】 | トラックバック(0) | コメント(2)
しゃばだば近代国史帖


日本の近現代史の中から、主に感動エピソードを拾い集めてみたい。ゆっくりゆっくりですが。個人的には備忘録(メモ)のつもりです。

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Author:娑婆妥場
この道を、どんな日本人が歩いていたんだろうと、ついつい想いを巡らせてしまう今日この頃です。
いろんな感動エピソードに出会ったけれど、記憶力が悪く片っ端から薄れてしまうので、思い切ってブログに挑戦することにしましたとさ。

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